若気の至りで上京し、持ち前の適応力の低さで
半年もしないうちに実家へ戻ってきたある日のこと。
久々の我が家だと玄関を開ければ、そこには祖母が立っていました。
「ばあちゃん、久しぶり。ただいま」そう声を掛けると、祖母は不思議そうな顔をして、
「お前さんはどこの子だい?」と返してきました。
流石にショックでした。四季だよ、と。今まで東京に居たんだよ、と。
焦って何度か繰り返していたら、祖母は珍しく笑って、
「ああ、四季ちゃんか」と返してくれました。
果たして冗談だったのか、それとも本気だったのか。知りたいような知りたくないような。
祖母は、つまらない話を真剣にきいてくれる人でした。
わたしも、祖母の話をよくきいていました。
家族にはつまらない、と一蹴されるであろう胸の内を、
二人きりの時、ぽつりぽつりとこぼせる間柄でした。
ある夏、京都へ一人旅に行ったことがあります。
八坂神社の出店で売っていた、ちいさな干支のおもちゃ。
祖母は亥年だったので、猪のそれをお土産に買って帰りました。
「かわいいねえ。ありがとう」と言ってもらえた時は、とても嬉しかったです。
「ばあちゃんは子どもなんだよ。だから、こういうのが好きでねえ」
昔ながらのおもちゃや民芸品、ビーズ小物などなど。
そういったものが好きな祖母に、万華鏡を作ってあげたこともありました。
百円ショップで買える簡単なキットでしたが、祖母は綺麗だと喜んでくれました。
祖父が心不全で入院し、暗い部屋に一人でいる祖母が心配で、
ちょくちょく祖父母の部屋に行っては、からっぽの祖父のベッドを占拠し、
祖母とつまらない話を沢山しました。
ハグをするとストレス値が半分になるらしい、と何かで読んだことがあり、
何かにつけて祖母にぎゅうと抱きついていました。
そんな平和が続くと思っていたけれど、ある冬、祖母は倒れて入院を余儀なくされました。
母に聞いた話ですが、祖母は祖父に対して、「あのクソジジィは見舞いにも来やしね」と
愚痴をこぼしていたそうです。何だかんだ相思相愛で、
例えるなら喧嘩ップルのようだった祖父母。おそらく祖母はツンデレだったのでしょう。
容体が落ち着いて、そろそろ退院出来るとドクターが仰った矢先のこと。
祖母は脳梗塞をおこし、半年後に帰らぬ人となりました。
写真に写るのが嫌いだった祖母の遺影は、両親が結婚した時の
古い記念写真のものになりました。心から、嬉しそうな笑顔。
仏壇には、父がお寺で頂いてきたビーズのブレスレットが
祖母のコレクションとして置いてあります。
可愛らしい和菓子を買ってきては「ばあちゃんが好きそうよね」と母がお供えしたり。
かわいいものが好きで、少しツンデレで、信心深く、当人もかわいかった祖母は、
家族の思い出の中で確かに生きています。
曲がった背中に抱きついた時の、恥ずかしそうな祖母の態度。
両親は知らないであろう、そんな祖母との思い出も、わたしの中で、確かに生きています。