苦悩の果て
私が健康的に生きられなかったのは、
いつも誰かのせいにして生きてきたから。
「あれがない」
「これが足りない」
そう思うたびに、
心に空いた穴を、誰かに埋めてもらおうとした。
だから、相手に懸命に尽くした。
「私、すごいでしょ?」
「あなたにとって、私は重要な人よね?」
そう確かめるように、
相手から愛情や価値を受け取ろうとした。
それでも満たされなければ、
今度は物を買った。
とにかく買った。
買えば買うほど、
心の穴は埋まるどころか、
底の見えない井戸のように深くなっていった。
物に囲まれていく一方で、
お金は貯まらなかった。
湯水のようにお金を使い、
その後悔で、また自分を傷つけた。
なぜそんなことが起きているのかも分からない。
それでも、止められない。
行き当たりばったりの生活。
足元のない場所を歩くような毎日。
いつも、不安との戦いだった。
忙しいのは誰かのせい。
お金がないのは環境のせい。
やりたいことができないのは誰かのせい。
上手くいかないのは環境のせい。
いつも何かのせい。
自分の努力不足ではないと。
自分を庇うため。
自分を守るため。
何かのせいにしないと生きていけなかった。
自分に自信がなくて、
自分に能力がなくて。
それを克服しようと努力もせず、
生まれた星が悪かったと。
そうやって何十年も生きてきた。
頑張ったことがないわけじゃない。
子育ては頑張った。
でも子供達がこの親で良かったと思える現在ではない。
不安ばかりで苦しめている。
それも生い立ちのせい。
親のせい。
そうやって逃げてきた。
「愛情不足で育ったからだ」
そう親のせいにしていれば、
自分を責めずに済んだ。
「夫が愛してくれないから」
それだけで、
自分を正当化するには十分な理由になった。
そうやって私は、
親をいつまでも苦しめ、
結婚を破綻させた。
それでも、破綻してから二年半もの間、
自分が何をしていたのかに気づけなかった。
何十年も、伝えてくれる人たちはいたのに。
人は、自分のことが見えない。
というより、
見ようとしないのだと思う。
自分でも見られたくない部分を、
心の奥に押し込み、
何重にも蓋をする。
恥ずかしい自分。
情けない自分。
誰にも知られたくなくて、
必死に隠していた。
皆に言われるたびに、
分かったふりをした。
分かっているつもりだった。
でも、違った。
私は、何も分かっていなかった。
見ないようにしていたのは、
醜い自分ではなかった。
傷ついて、
どうしていいか分からずに立ち尽くしていた自分だった。
そして、ようやく気づいた。
たくさんのものを失って、
今さらではあるけれど、
やっと気づくことができた。
私は、自分を愛していなかった。
自分の心を、
ずっと置き去りにしていた。
人や物では、
心に空いた穴を埋めることはできない。
誰かの愛情を注いでも、
物を積み上げても、
その穴は消えなかった。
その穴に手を伸ばし、
抱きしめられるのは、
唯一、自分だけなのだ。
まだ、やり方は分からない。
どう治していけばいいのかも分からない。
何度もつまずくかもしれない。
また誰かのせいにしたくなる日もあるかもしれない。
それでも、
この感覚は間違っていないと思う。
私は、私を見捨てない。
私が私を赦し、
そして、私自身を愛する。
完璧にならなくていい。
すぐに変われなくてもいい。
今までの私も、
生き延びるために必死だった。
間違いだらけだったけれど、
それでも今日まで生きてきた。
そんな私を、
これ以上、責め続けなくていい。
今さらと思うような年齢ではあるけれど、
今が一番若い。
遅くても、遅すぎることはない。
生きている間に気づけてよかった。
もう、同じことを繰り返させない。
誰かのせいにするのをやめる。
足りないものを、
人や物で埋めようとするのをやめる。
空いた穴を、
無理に塞ごうとするのではなく、
まずはそこにいる自分を、
静かに抱きしめる。
自分の人生を、
自分の足で立って生きる。
負の連鎖を、
私で止める。
一番大切な子供達のために。
そして、
自分自身のために。
もう、私は私を敵にしない。
変わるんだ。