最後に投稿したのはいつだったのだろうと確認したらなんと10月!
時が経つのは早いなぁと実感している。
車屋を退職したらバセドウ病の数値も落ち着き、
つくづく、車の運転を仕事にするのは合わなかったのだなぁと実感したのであった。
そして、退職と共に家族の入院が重なったり、救急車出動の自爆事故があったり、
最後には、自分の差し歯の痛みでのたうち回ることになったりと、
2025年は病院通いで幕を閉じたのだった。(年を越しても歯科治療は終わっていない…)
決まっていた仕事も断念し、漠然とした不安に苛まれる日々…
我が家の試練はいつまで続くのだろうと凹んだけれど、
「いやいや、今は我が家の最終振り落とし期間なのだ!」と捉えることにして、
考えても変わらないことは考えないようにし、
まずは体が優先なのだと自分に言い聞かせ、
心と体が整うことを最優先で生きてみた。(借金は増えたけど)
バセドウ病や橋本病が酷かった頃、
私は考えても解決しないことを常に頭の中でループさせていた。
そして、その現状を変える努力もせず、
ただただ思うように行かない毎日にイライラしていた。
主に家族間のやり取りに疲弊していて、
嫌な捉え方をした自分や、嫌な捉えられ方をした自分を頭の中で反芻し、
相手を責め自分を責め、変わらない現実にもがき苦しんでいた。
今思えば、自分自身が変われば良かった、ただそれだけなのだが、
変わるというその方法が全く分からなかった。(というか理解しないように脳みそで拒否していたと思う)
自分だけが努力をするのが悔しい、ただそれだけの理由で、何十年も辛く苦しい時間をやり過ごしていた。
自分だけが努力する…この思考が、今となっては愚かな考えだったと分かる。
「自分が幸せになるため」そこを重要視するのなら、そこに行き着く何歩も先を読んで行動すれば良かった、ただそれだけ。
自分のために、まずは考え方を変えれば良かった、ただそれだけだったのだ。
それを、自分ファーストの意味を履き違えていたから、
ただただ自分のエゴのためだけに動いていた。
そして、そのエゴが強くなれば強くなるほど、
自分に不都合な現実を呼び寄せることに気づかなくなっていた。
自分で自分の首を絞めていた。
だから常に喉が苦しかったのだろうと思う。
労力を使う方向を完全に見誤っていた。
今となってはどうにもならないのだけれども。
自分を責める日々が長く、自分で自分の心をグサグサと刺していた。
だから、あれやこれやと病気が続いた。
助言をしてくれる人も沢山いたのに、
「自分にとって都合の良い解釈」でしか受けとめていなかった。
そして素敵な人達を沢山失った。
この悲しみがまた自分自身を苦しめた。
「もう終わりにしよう」去年は本当にそう思えた一年だった。
このままで今世を終えたくない。
思考を変えれば見る世界が変わる。
頭の中でループして疲れるくらいなら、悪いことは考えずに幸せになる行動をしよう。
今年はそんな一年にしていきたいと思う。
(って、もう4月なんだけどね!)