なんて魅力的な選曲なのだろう―まるで奇跡のようだ…。こんな大言壮語も許されるのでは、と思わせるアルバム。クララ・シューマンのピアノ小品から始まり、そのテーマを用いたロベルト・シューマンの作品、彼のピアノ小品と、そのテーマを用いたクララとブラームスの変奏曲というプログラム。あの大指揮者オイゲン・ヨッフムの娘であるヴェロニカ・ヨッフムがピアノを弾いていて、実に端正で美しい演奏となっている―。
プログラムは次の通り―。
- クララ・シューマン/ロマンス・ヴァリエOp.3
- ロベルト・シューマン/クララ・ヴィークの主題による即興曲Op.5
- ロベルト・シューマン/色とりどりの小品Op.99~「アルバムの綴り」5曲
- クララ・シューマン/ロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.20
- ヨハネス・ブラームス/ロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.9
この素晴らしいアルバムの存在は下記のHPで知ることが出来たもので、ずっと気になっていたのだったが、毎日の生活に忙殺されると(そんなに忙しいわけではないのだが)、いつの間にか忘れてしまっていた―。
ある時、いつものようにNHK-FMを聞きながら、妄想半分その場の思い付きでツィートしながら聞いてたとき、「ブラームス/シューマンの主題による変奏曲Op.9」が流れた―。この曲の存在は知っていたが、聞いたことはなかった。ただ何よりこの憂いに満ちたテーマが大好きだったので楽しみに聴くことにしたのだが、想像以上に素晴らしい作品だったのだ(演奏もさることながら、僕の興味は作品の構造を聞き取るに集中していた)。後半クララの主題が顔を出した時の驚きと喜びたるや!曲が終わる頃には、Amazonで検索をかけていたことを告白しなければなるまい―。でもなかなかしっくりくるアルバムを見出せなかった。その時、上記のサイトで紹介されていた本CDのことを思い出したのだ―。早速確認して再度検索をかけ、即購入となったのだ(サイト内では、強い思い入れとともに紹介されていたが、Amazonには在庫がないと記されていた。しかしこうして入手できたことに大袈裟ながら「運命」すら感じている)。
1曲目のクララの作品は彼女が10代前半の少女の頃の作品であるが、ロベルトに献呈された最初の作品でもある。「ヴァリエ」はつまりは「変奏曲」。10代の彼女らしい快活で愛くるしい音楽が展開してゆくのだが、クララとしてはとても思い入れが強い作品だったことがロベルトへの手紙から伺える―。
「私は私の分身の曲を完成させました。その中で第三の分身を作りました」
そしてこうも述べるのだ―。
「私は同封したつまらない作品をあなたに捧げたことをとても後悔し、またこの変奏曲が印刷されないようにと強く願ったのですが、もう悪いことが起こってしまった以上、どうすることもできません。(…)このちっぽけな楽想をあなたが巧みに作曲してくだされば、私の側の過ちも償われようというものです 」
かくしてその願いは果たされ(実は後に「二重」に果たされる結果となる)、ロベルトはその手紙から僅か2週間後に、このアルバム2曲目の「クララ・ヴィークの主題による即興曲Op.5」を書き上げることになるのだ―。
このOp.5には2つのヴァージョンがあることで知られている。以前のブログでも少しだけ触れたが、1833年に書かれた初版と1850年の改訂版があるが、ここで演奏されているのはもちろん初版のほうである(そうでなければこの企画の意味は半減、どころか全く意味をなさなくなるかもしれない。その意味は後ほど明らかになる)。
タイトルこそは「即興曲」であるが、こちらもその実「変奏曲」であり、シューマンらしいマニアックな印象を与える凝った作りとなっている―クララの作品の素直なシンプルさとは見事な対照をなしている。彼女のテーマと同時に進行するのは、シューマン未完の「ツヴィッカウ」交響曲のフィナーレの動機。それらがまさに即興的な自由さで変奏されてゆくが、特に初版において最大の特徴はその終わり方にある―。変奏曲の常として「テーマ回帰」がなされるが、初版ではテーマが途中で消滅するような有様を見せる(改訂版では完全に再現され、しっかりと和音で閉じられる)。テーマの続きは僕たちの耳の奥で奏でられるのだ―。あえて「表現しない」という独創性が素晴らしい。
当CD音源より。「10の即興曲」となってるが、それは改訂版での表記。
この演奏は初版なので、正確には12曲からなる。
続けてシューマンの小品が演奏される。全14曲からなる「色とりどりの小品Op.99」の中から「アルバム帳」と記された5曲(第4~8番)がセレクトされている(このほかにも20曲からなる同名の作品集Op.124も存在している)。この第4番がこれからの「主人公」となるのだ。僅か2分足らずで終わるこの曲は嬰へ短調。傷ついた心を音に託したかのような悲哀に満ちた音楽―。続く第5番は幻想小曲集Op.12~「夜」を思わせる激情、第6番はどこか「子供の情景」を思わせる穏やかな音楽(第8番もそうだ)だが、第7番で再び苦悩が首をもたげるような悩ましい音楽となる。聞いた感覚では第4番のモティーフの一部が後続の4曲に受け継がれているような気がする―。
ここは全曲で。シュタットフェルトはバッハや最近は自作の演奏で知られる
が、(グールドとは異なり)ロマン派にも積極的だ。3分半以降から。
この悲哀のテーマを用いて、(申し合わせたかのように)クララとブラームスが変奏曲を作曲することになる。2人の作曲期間は1年も違わない。ヨハネスの方が影響を受けたのは明らかであろう―。
1853年6月のロベルトの誕生日に、彼に捧げられたクララの作品「ロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.20」。この日が共に祝う最後の誕生日となった―。
内容はいたってシンプルである。「妻」だからこそだろうか―この美しくも哀しい嬰ヘ短調のテーマを慈しむかのように淡々と7つの変奏が紡がれてゆく。それでも「サプライズ」が2つほどある―どちらも「最終変奏」に現れるのだが、その「Var.Ⅶ」でシューマン/幻想曲ハ長調Op.17の返礼にロベルトに捧げられたフランツ・リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調~「molto espressivo」が引用される―。そして嬰ヘ長調に転調したコーダには、何とクララの「分身」~「ロマンス・ヴァリエOp.3」のテーマを内声に織り込み、ロベルトのテーマとの「デュエット」を達成しているのだ。このアイディアは恐らく1年後のブラームス/同変奏曲から得たもので、作品の出版直前になされた可能性が高い。そして1854年11月にブラームスの要請によって2曲同時に出版されることになったのだった。
当CDの音源。スコアリーディング付き。リストの引用は8分40秒以降、
「分身」のテーマは9分以降に現れる。
アルバム最後を締めくくる「ブラームス/ロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.9」はプログラムを締めくくるのにも相応しい作品。クララ作品と同じテーマを用いながら、聞こえてくる音楽はまさにブラームスならではの重厚なスタイル、手堅い印象に溢れている。
1853年11月に初めてシューマン夫妻に出会ったブラームス―。これで「役者」が揃ったことになる。ここではこの3人の間柄のことは詳しくは語るまい。むしろ作品に注目しよう。
作品はあの嬰ヘ短調のテーマと16の変奏から構成され、クララによる変奏曲の2倍ほどの規模になる。ちなみにブラームスが手掛けた最初の変奏曲でもある。1854年6月、末っ子となるフェリックスが誕生したのに合わせてだろうか、クララに作品が献呈される(このことが後の「噂」―フェリックスの実の父がブラームスであるという―の元となったのかもしれない)。楽譜の表紙には「”彼の旋律”にもとづき”彼女”に捧げられた 」と記されているという。同年8月には第10,11変奏が作曲されるが(それも「聖クララの日」に作曲)、特に第10変奏にはあのクララの「分身」Op.3のテーマが現れるのだ(何と用意周到なことか)。前述の通り、このアイディアをクララが採用したと考えられているわけだ。そして同年9月にはクララ作品と合わせて出版されることになる。そしてブラームスは最後の最後に「とっておき」のワザを見せる―テーマを消してしまうのだ。そう、この手法はシューマンが「即興曲」の初版で行ったものであった。
こうしてヨハネスは師であるシューマンとクララを自らの変奏曲の中に登場させ、師と同じ仕方で締めくくることでオマージュを残したのだ、と僕は思う―。
ジュリアス・カッチェンの演奏で。Var.10は10分から。
こうして聞いてきたが、正直この選曲の素晴らしさに満足してしまっているので肝心の演奏はどうでもよいくらいの気持ちなのだが、そうはいくまい。ただ並べたわけじゃなく、構成を踏まえた演奏を繰り広げていることが感じられるからだ―。ヴェロニカはTUDORレーベルにクララのアルバムを2枚録音している。そのうちの1枚から再編集されたのが当アルバムである。
クララ・シューマン/ピアノ協奏曲イ短調Op.7~第2楽章。オケは休止し、
ピアノとチェロが中心になって奏でられる―。
こちらは未完となったヘ短調のピアノ協奏曲断章。1847年作曲だが、長男
エミールの死が重なり、176小節までのスケッチに終わるも、1994年に
Jozef de Beenhouwerが補筆完成させ、出版に至っている。
ブログの最後に、アルバムには収録されていないが、もう1つ、ブラームスの作品に触れなければならない―。4手のための「ロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.23」である。1861年、シューマンが痛ましい死を迎えて5年後に作曲されたこの作品は、シューマンがライン川へ身を投げる直前、自宅のテーブルに清書して置いてあった「天使の主題による変奏曲」のテーマを用いた10の変奏から成るヴァリエーション。当時ブラームスが私淑していたユーリエ・シューマンに献呈された。
ピアノ・デュオ「ドゥオール」による素晴らしい演奏―。慈しみ深いテーマが
変容し、回帰してゆく―。
ブラームスは常にシューマン家とともにあったのだ―あの時からずっと。
1896年、ブラームスはクララの危篤の報を知り、汽車に飛び乗ったが、間違えて各駅停車の列車に乗ったために遠回りとなり葬儀に立ち会えず、ロベルト・シューマンの墓へ埋葬される直前に、閉じられた棺を垣間見ただけであったという―。おそらくは最愛の人の死。ブラームスは翌年、後を追うように病没している。
クララは子供たちへの日記の中でこう書き記していた―。
「神はどんなに不幸であろうと、すべての人間に常に慰めを送ります。それはヨハネス・ブラームス(その人です)。(…)彼は忠実な友人として私と一緒にすべての苦しみを担ってくれるようになりました。彼は壊れる恐れのある心を強め、私の精神を持ち上げ、元気を与えてくれました。彼は完全な意味で私の友人でした。(…)私は彼ほど友人を愛したことがないことをあなたに伝えることができます― それは私たちの魂の中で最も美しい合意です。」