`大木に触れる`
本日の瞑想より
大木が視えました。真ん中に大きな大木があり、
私はその大木に触れながら、どのくらい大きいのだろうっと思い、
上を見上げるのですが、頂点が視えません。
周囲の景色が、四季折々の変化を、次々凄い速さで映像に写し出されています。
枝があちこちに張り巡らされ、交錯したり、寄り添うように共に成長したり
本当に様々な伸びかたをしているようです。
ぐんぐん、ただ太陽の光に向かい、美味しい水を吸収しながら育っています。
大木に触れている私の手からは、その大きな太い幹の中に、様々な色合いの水が
流れているのが感じられています。
いろんな`情報`や`知恵`がそこには流れているかのようです。
たえずこんこんと流れている水、外目にはわかりません。
何事にも動じず、どんなに季節が変化しようと、寒い日も、風が強い日も
暑くて枯れてしまいそうな日々も、ただそこに`存在する`ということのみに
専念しているかのようです。
