先日。



神奈川から、
息子51の友達家族が、
壱岐島に遊びに来てくれたんです。



引っ越す時に、
51が1番離れたくなかった友達。



保育園からの友達で、タイプは違うけど、
どこか深いところで繋がっているような2人。



子供5人



(なんかいるっぽい?)


釣りをしたり、海を探検したり
釣った魚を捌いたり、


夜は家で、自分たちで会場作りから、
チラシを作ったりして、ライブのような発表会をやってくれたり。


野島で遊んでいた頃のように


それはそれは、子供たちは思い切り楽しんでいました。


(3人でやってたけど、間に合わなかった…)



でも、一泊二日はあっという間で。



すぐにお別れの時が来ちゃいました。



今までは、「また明日ねー!」って、玄関越しに
気楽な、さよならだったけど・・・



次に会えるのはいつだろうか?






港まで送って行って、
「またね!」って


乗船口でお別れをした。


51と友達は、軽く手をタッチさせただけだった。
大袈裟な別れをするわけでもなく。


この日は風が冷たく、
薄着で来た娘は、早々と寒くない場所へ走って逃げた。


そして、友達の乗った船が出航しようと動き出した時。


51もなぜか、船を見送らずに、
すぐに帰ろうとした。 






寒いから?



また、当分会えないよ?



船を見たら、はっきりは見えないけど、
向こうで手を振ってる姿が見えたから、


「51、バイバイしなくていいの?
手振ろうよ!」


と、呼び止めた。



離れていく船を見ながら



手を振りながら



横にいる51を見たら、







泣いていた。






もう、手も振れないくらいに





51は、泣いちゃうから、すぐ帰ろうとしたのかな?







そんな51を見て、




おれも泣いてた。






あの51の姿は忘れられない。


友達と離れたくないのに、この島へ来た51。


小さい体で、すごい大きな経験をしている。


おれには経験のない、想像出来ないような。


その気持ちをおもったら、
見送るというより、置いてかれたような気持ちを感じた。


なんだろう?


例えば、死んじゃった友達が、一泊二日で生き返って遊びに来て、またいなくなっちゃったような?


そんなものも感じた。


向こうの友達はどう感じてるかな?


向こうも、51が一番の親友だと言っている。




なんで、そこまでして、この壱岐島へ来たんだろう?


ここはどこなんだろう?


ここは何なんだろう?


ここは…


なんで、こんなに死を意識するんだろう?






死んだとおもったら何でも出来る?


大袈裟かもしれないけど、それくらいの覚悟が必要なのかもしれないと感じた。



51には、それくらいの覚悟があるのかもしれないね。





あなたには、それだけの覚悟がありますか?


と、聞かれたようだった。





神奈川では何もやってなかった51は

壱岐島に来て、バレーボールを始めた。