雨が瓦を叩く音がする。
障子の向こう側、
今くらいの頃合いになれば日が昇り始め、うんざりするぐらい眩しくなりだすのが常だのに、今朝はまだ薄青く。
まるで快晴だった時の、日が暮れ染まりだす直前のようだった。

背中越しに生温い人の気配。
すうすぅとも呼気の音を立てない物だからたまに屍になっているのではないかと不安になるが、寄り添う布団の中は依然蒸れる位に程よく暖かく、まだ生きていることが肌で解る。
一人で眠り闇に包まるときの痺れるような安堵と何と無しに泣いてみたくなる寂しさ……
孤独と比べて、より深く眠ることは出来ないが、もどかしくて恐怖を感じさえするほどの温み。
虚(うつろ)
どちらが安らかで、どちらが幸せなのだろうか。
問答用の例文でも作るかのように羅列することで意味もなく頭の中身を整理してみる。

どうやら自分の頭はまだ眠ったまま覚めていないらしい。
ひぬいは溜息をついて寝返りを打った。

尾底骨の鰓が圧し潰れて痛む様子に眉根を寄せて体を傾ければ、さらさらと掛け布団が擦れて流れる音がする。

目が遇った。


じっと、瞬きも夢も忘れたような覚醒した瞳。
人が悶々と息を殺して微睡み虚ろう横で、起きて見ていたのであれば随分とこ狡い事をしたものだと、
驚きを隠すように目を眇て見せれば、縁取りが瞬き、黙って掛け乱れた布団を肩まで引っ張り上げて掛直された。


『奉考』


ひたりと見据えられたその視線に、眠り眼を推して空の瞳を重ねる。
喉を絞って声を出すのも億劫で、唇の動きだけでそれを紡げば今度は瞳に続いて唇も合わさった。

からからで張り付く程の咥内に潜り込む熱にほぅと息を付く。
あちらの水は冷たく空のにおいがするのにこれはなんと酒臭いことだろうか。


唯一通ずるとすれば交わる中に沢山の汚れが巧みに隠れてあることだけだった。





(郭嘉さん万歳。)
ガーネッド色の液体が揺れている。
キラキラと金色の縁取りが光に照らされて浮かんでは消えて、
ともすれば陰りを帯びて淡く向こう側の方は琥珀が沈んでいるようにも思える。

これは、彼のスイートハート。



普段は……恋仲にある私にだって見せたことない、うっすらと桃色に染まった頬を上気させた表情を浮かべ、
白い手袋で包んだ指を嬉しそうに組み合わせて甘く口上を連ねる。
くるくると羽が生えてしまったかのように落ち着きなく踊り狂う爪先は燕尾の裾を力いっぱい引っ張ろうとも、まるでその抵抗さえ感じないように前へ前へ進み続けて止まらない。


「待ってって行ってるでしょ!何も逃げやしないわ!」
「それはそうだ、あれは無機物だ」
「そうよ!」
「だが、私のあの愛しいガーネッドは実に甘く切なく蠱惑的だ。他の男にすべ掠われてしまったら………あぁっ!考えるだけでも恐ろしい!どう購っても罪は赦しがたい!」
「誰もかれも、そんなに気違いじみて貧り喰らったりしないぃいいいいいい!
きゃっ……助けてっ!誰か止めるの手伝ってよぉおおおおお!」

「他の男にだけは譲れないのだよ、私のお嬢さんは…っ!」


裾を掴んだが時からか、
恋をしたが運の尽き。

転びそうになったところでぐいと腕を引かれ、競歩よりも早く駆け足で引きずられてゆく私のからだ。
脇目を振ることも赦されず………

あぁ、どうしてこれが私のスイートハート。



* * *
(案外ブラッドは知っていて道化のふりをしていたりもして…)

次作出た時用にとお金を寄せておくぐらいには、待ち遠しいらしく…
本当にどうしてくれよう。
(インスコやら金額やらストーリやらくどさ前代未聞で毎回泣きを見ているのに、えぇいこのマゾヒストめっ!
と詰りたいぐらいには溺れているらしい)


越えてゆけるか


わたしの屍を、
あなたの屍を、
かの人の屍を。

私の屍は、私なのだからきっと越えていけるだろう。
かの人の屍は、きっと易々とは越えていけない。
越えても越えても越えても、
ずっと通り過ぎたつもりでも、もしかしたらまだ直ぐ目の前にあり続けているのかもしれない。
けれども、きっと私は越えてゆこうとあがくのだ、意地になって。

けれども…あなたの屍は、どうなのだろうか。
母の屍だって越えてきた、師の屍だって越えようとあがき続けてきた。
けして大事な人を失うことが辛くないなどと嘘は言わないけれど、
それでも私は足を止めていない。

けれども、けれども
一番愛しいあなたの屍はどうして越えられよう。

ありきたりな想い、
もしかしたらただの男の見栄で終わっていたかもしれない。
今でさえ私をさいなみ続ける想い。

これをどこか隔てて仕舞い込んでしまうなど、
ほんのひとときの短い間でも、
そっと記憶の中に追いやって整理をしてしまうなど、
考えつかないのだ。出来ない、        したくない……



水を背に負い、
引き継いだ荷が朽ちてゆく軋みの音を耳にしながら、
私が先に朽ちるものだと信じていた、まどろんでいた時を思い起こす。
手のひらからこぼれ落ちてしまったすべて、

記憶。

私はもう、足を動かしたくない。
ここから一歩も……
背後に引くことはしても、進みたくはない。
背後に進むことが許されないのだというのならば、動きたくない。

私は貴方の傍にいたい。


「なぜ、いつ道を見誤ってしまったのだろうか…」


がむしゃらに進みすぎたが故か、
振り返らずに精を出し進んできたことはいけないことだったのだろうか。

手の平から取りこぼした書簡ががらがらと音を立てて床に飛び散る。


残る道は一つ切りしか――見えない。





(自作、姜維お題抜粋)