それなりにお小遣いも貰えて、それなりに家族仲も悪くなく、特別不幸だと思うことも無く安寧に過ごしてきた少年は将来について特にこれといった目的や希望を持っているという訳ではなかった。
それなりな交友関係を築き、それなりな成績を持って、いずれはそれなりな職業…たとえばありきたりではあるが、求人雑誌に載っていそうなアルバイトでお金を溜めて、ゆくゆくはとろとろと朽ち果てるまで引き篭もって生活しようと思っていたからだ。
日々穏やかであれ、いうなれば少年にとって「それなり」ということこそが幸福の基準であったのかもしれない。
幸福であるために安寧を求めるのではなく、何事もそれなりであることが自分の幸福だと思っていた少年は、その幸福についてしばし考え設計を立て、定める癖があった。
『健康であればとりあえずは生きていける。生の延長の為に一日ひとつは必ず野菜を口にしよう。出来れば三食時間どおりに摂取するのが好ましい』だとか、あるいは『将来禿げる可能性があるので(サンデーのような友人の髪の色にとてもとても心惹かれるものがあったが)けして自分の髪の毛を染めたりはしない』だとか。
善く言えばまじめ、悪く言えば優等生お坊ちゃん思考のありきたりな決まりを作って己に課してみたりするのである。
頑なになるのではなく、それなりな遊びとして特異なその習慣は彼の生活の目安としてうっすらと存在していた。
そしてそんな少年の体はいつしか大人のそれへと変わり、学校を卒業し職につくようになり青年期も過ぎさった体はその成長も止まり随分な月日が重なった。
求人雑誌に載りそうなアルバイトを繋げて生計を立てようと考えていた少年であったが、アルバイト先で一際居心地のよい食器屋に居着くようになり、やがては彼の設計と比べれば少しの誤算であったがそれを職と定めて暮らすようになっていた。
店主は口元だけでしか笑うことの無い底の見えない人間であったが少年はそれが嫌いではなかったし、よく笑う少年との組合せはそれなりにあっているように彼も周囲も思っていた。
時には、妙齢を過ぎた少年へ恋文の一つや二つ届いたりもしたが、彼はあいまいに笑うだけでそれへ答えを返すことはしなかった。
特別心に定めた相手がいたわけではない。
けれど、断ったのには一つ背景がきちんとあってのことだった。
例の決まりごとの一環で定めていたのである。
「名前を貰って生まれて、平穏な家庭に育って、結婚して、いずれは病気になって朽ち果てて、生が終われば墓に入る…
それはとてもとてもそれなりで、僕の理想の一生ではあるのだけれど、僕は病気も痛いのも嫌いだしまだ死ぬ気にはなれ無いから水曜日に進むつもりないんだ」
彼女を作れば水曜日、いつかは結婚してパパになる。
パパになれば、種の継承としてはおしまい。あとはただ死ぬまで生きておわるだけ。
利にかなっているのかいないのか。
あたりまえのことを口にすることにいささかの不思議さを感じながら、
商品としては古く、いつしかアンティークと呼ばれるようになった彼専用のコーヒーカップからココアを啜り少年は店主に向かって言った。
白く鮮やかだった内装は、いつのまにか壁の塗り替えをし褪せた深緑色に替わっている。
店主は何も言わず、相変わらずの口元だけに浮かべる目で笑って少年の言葉を受けた。
少年はそれに気分を害す様子も無く、ココアを啜る。
少年の名前はソロモンといった。
それなりな交友関係を築き、それなりな成績を持って、いずれはそれなりな職業…たとえばありきたりではあるが、求人雑誌に載っていそうなアルバイトでお金を溜めて、ゆくゆくはとろとろと朽ち果てるまで引き篭もって生活しようと思っていたからだ。
日々穏やかであれ、いうなれば少年にとって「それなり」ということこそが幸福の基準であったのかもしれない。
幸福であるために安寧を求めるのではなく、何事もそれなりであることが自分の幸福だと思っていた少年は、その幸福についてしばし考え設計を立て、定める癖があった。
『健康であればとりあえずは生きていける。生の延長の為に一日ひとつは必ず野菜を口にしよう。出来れば三食時間どおりに摂取するのが好ましい』だとか、あるいは『将来禿げる可能性があるので(サンデーのような友人の髪の色にとてもとても心惹かれるものがあったが)けして自分の髪の毛を染めたりはしない』だとか。
善く言えばまじめ、悪く言えば優等生お坊ちゃん思考のありきたりな決まりを作って己に課してみたりするのである。
頑なになるのではなく、それなりな遊びとして特異なその習慣は彼の生活の目安としてうっすらと存在していた。
そしてそんな少年の体はいつしか大人のそれへと変わり、学校を卒業し職につくようになり青年期も過ぎさった体はその成長も止まり随分な月日が重なった。
求人雑誌に載りそうなアルバイトを繋げて生計を立てようと考えていた少年であったが、アルバイト先で一際居心地のよい食器屋に居着くようになり、やがては彼の設計と比べれば少しの誤算であったがそれを職と定めて暮らすようになっていた。
店主は口元だけでしか笑うことの無い底の見えない人間であったが少年はそれが嫌いではなかったし、よく笑う少年との組合せはそれなりにあっているように彼も周囲も思っていた。
時には、妙齢を過ぎた少年へ恋文の一つや二つ届いたりもしたが、彼はあいまいに笑うだけでそれへ答えを返すことはしなかった。
特別心に定めた相手がいたわけではない。
けれど、断ったのには一つ背景がきちんとあってのことだった。
例の決まりごとの一環で定めていたのである。
「名前を貰って生まれて、平穏な家庭に育って、結婚して、いずれは病気になって朽ち果てて、生が終われば墓に入る…
それはとてもとてもそれなりで、僕の理想の一生ではあるのだけれど、僕は病気も痛いのも嫌いだしまだ死ぬ気にはなれ無いから水曜日に進むつもりないんだ」
彼女を作れば水曜日、いつかは結婚してパパになる。
パパになれば、種の継承としてはおしまい。あとはただ死ぬまで生きておわるだけ。
利にかなっているのかいないのか。
あたりまえのことを口にすることにいささかの不思議さを感じながら、
商品としては古く、いつしかアンティークと呼ばれるようになった彼専用のコーヒーカップからココアを啜り少年は店主に向かって言った。
白く鮮やかだった内装は、いつのまにか壁の塗り替えをし褪せた深緑色に替わっている。
店主は何も言わず、相変わらずの口元だけに浮かべる目で笑って少年の言葉を受けた。
少年はそれに気分を害す様子も無く、ココアを啜る。
少年の名前はソロモンといった。