飽きさせないでください。他


を見ないでください。愛して


欲しいのなら、あなたを愛し


すぎたわたしに殺されたく


いのなら。




体育座りをして立てた膝の上に広げた本を黙々と読み続けて、ふと気がつけば空の色が変わる頃合いだった。
この部屋に椅子と机が無いわけではないが、そこまで歩いて持ち運ぶのさえ時間が勿体なく感じられ、億劫で…
広げていたそれをおろし、膝を崩してあたりを見渡せば、自分を取り囲むように本の輪ができているのを見つけた。

ぐるりと広げた本は、いち、に、さんよんごろくななはちきゅうじゅうじゅういちじゅうにじゅうさん……数え切れない。
一目見ただけでも両手の指でも足りないものだから、数えるのさえ面倒で視線で一撫でするだけで諦め、代わりにあくびを一つしてみることにする。
童話に哲学書に図鑑に詩集…よくもまぁこれだけ読んだものだ。


「この塔の中では他にすることも…これぐらいしか楽しみもないってのも原因だけど」


手に握っていた本をサークルを作るその中へ埋めてやりながら、立ち上がって背筋を伸ばす。
途端、久しぶりに立ち上がったからかぎしぎしと鳴いてような気がした。


「あ、髪が伸びてる。前は肩ぐらいだったのに…」


視界の端で揺れる薄紫の長い髪は後少しで膝の裏まで届くようなところにまできていて、
それだけで、まるで自分の体ではなくなったような違和感を覚える。

そんなはずはないと首を振って意識を払拭させようとするも、その動作にさえ困ったことに反動を食らって眩暈と立ち眩みを覚えてしまっては
舌打ちぐらいしたくなるものだった。

ぐらりと揺れる体を軋ませて、立つことさえ忘れてしまった体に記憶を呼び起こそうと力を入れる。
ポケットの中にお飾り同然につっこんでいた懐中時計を引き出して蓋を開けながら、
思い立った、起きあがればいつも向かう先へ足をのばそう。


両手をゆらゆらと広げてバランスをとって、
ひろいひろいひろい部屋向こう側の隅にきっとうずくまるように小さくくすんだその場所へ。


「おはよう、マイダーリン」


腐敗さえ通り越して、骨さえ風化してしまったそこには何も残っていないけれど、
淡くセピアの記憶を辿ってわたしは微笑み足をのばす。




死んでいるのは、生きているのは

わたしとあなたと


ほんとうは、ど ち らだったろうか…

カルディナターンでの旅行も残すところ後少し。
明日の今頃には雷獣クラスクのひく鈍行列車に乗り込まなければならないので、今日の午後が最後のチャンスだ。


カルディナターン名物といっても過言ではない飛竜客車は、この地方にのみ棲息する小型の翼竜、ボールジーンの足にゴンドラを括り付けて、それに乗客を乗せて地方の空を一周するというものなのだが、
翼竜と呼ばれるからには生き物であり、それも世界でより位が高く希少な竜の眷属である。
有能な竜使いが傍にあったとしても彼らの機嫌を一度でも損ねてしまえば我々の命は勿論ない。
加えて、安全性を考えると上空の気流が安定する午後の便しか運行は難しく、おのずと条件は限られてくる。

にもかかわらず、時には予約も必要な程に人気があるのは、飛行付などを用いなければ空を飛ぶことの出来ない人だからこその憧れか。
あるいは彼らの視点に近付き、この大地を見下ろし感じてみたいのか…

答えは、今到着したばかりのゴンドラへ乗り込んでみれば解るのかもしれない。
昨晩とは打って変わって焼け付くような日差しが寝不足の体に苦い。
朝日が昇ったばかりでこれなのだから、昼を過ぎた頃は恐ろしくて想像も出来ない…


日焼け対策には十分だろうが、暑さを凌ぐには心許ないどころか、体感温度さえ上げてしまいそうなショールを体に巻き付け直しながら、
今、僕は市場を離れて中心街から南西にあるこ高い丘を目指して歩いている。

ガイドブックなどという高尚なものは生憎持ち合わせていなかったので、朝食を買うついでに屋台を開いていたおば…お嬢さんに尋ねてみたのだが、
彼女の話によると、街の離れにあるあの丘の上にはかつてこの地を治めていた王族が住まう宮廷があったそうだ。

何代目かの王が旅に出たきり帰ってこなくて、それを待ち続けるうちに都が途絶えてしまった、などという胡散臭い逸話がおまけについてきたところをみると眉唾の可能性も否定出来ないのだが…

けれども、暑い日差しの下この長い道を歩きながら考えると、
一足一足踏むごとに、確かにそのような物語りがあってもおかしくないような気がしてきた。


向かう丘には宮殿どころか建造物がたっていたような影さえ見当たらない。
もしかしたらこの道をのぼりきったその場所にもそれらしきものは見つけられないかもしれない。
けれども、そこに一本だけ立つ細く小さな、この場所に不似合いなその樹木を見ていると、
まるでそこから宮廷の広い中庭が浮かび上がっているような錯覚があったから。