もう、かなり昔の話だが、大学の一般教養科目で大岡信先生の授業を選んだ。
短歌か俳句のクラスだった。
大岡先生の「折々のうた」は、当時既に世に広く知られていた。
有名教授の授業に大教室に数えきれない学生、そんな光景を予想していたのだが、中教室に履修していた学生は20人ほどだったのが意外だった。
学生と先生との距離も数メートルほどでマイクを使わなくても先生の声が聞けた。
授業では、割り当てられた短歌か俳句を自分の解釈で発表することがあった。
先生の授業で一番印象的だったのが成績だった。
期末試験で友達は一問のこらず先生の解釈を書いて「良」の成績(優・良・可の3段階)だった。
自分は先生の解釈も書いたが、自分なりの解釈を中心に書いた。時間が足りず全問は答えられなかった。しかし「良」だった。
一問のこらず回答し良だった友達は納得いかないようだった。
自分は友達と同じ成績だったのは、自分なりに考えた答えを書いたからなのではないかと思った。これが唯一の答えを求める高校教育と自分の考えをもつ大学教育との大きな違いなのだとおぼろげに感じた初めての授業だった。
人生は模範解答のない答案用紙に自分の考えを書き自己採点するものだと思うが、そんな考え方を持つヒントになったのが大岡先生の授業だったと思う。
履修したのはたった数か月の一コマ授業にすぎず、自分は決して良い学生ではなかったが、大岡先生の授業からすごく良い影響を受けたと思う。
ご冥福をお祈りいたします。