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闘病中の事

妻が闘病中の時。

妻は他の人に心配かけないように
病気の事は言わなかった。

ごく少数な方だけ。

私の方も、両親と親友と職場関係だけ。

ありがたい事に本当に心配してくれる人が多い。

「何か出来る事や必要な物が
 あったら言ってね!」
「病院の付き添い行ってあげようか?」

など、海外で2人で生活していた為、
助かった。

今でも、
感謝している。

でも、ごく数名。いる。
(当たり前だが…) 他人事として適当に物事を
言う人が。

「あぁ〜、
そういえば、奥さんの調子どうですか?」

私の答えは聞いていない。

「知り合いも抗がん剤治療してました。
あれ、つらいみたいですね〜」

まるで、天気を聞くような感じの会話。
とりあえず聞いてみただけ。

闘病の辛さをわからないのだろうか?
やはり、経験者だけの痛みなのだろうか…


イルミ

街中に12月の雰囲気が溢れている。


街中はキレイなイルミネーションで溢れている。


妻は去年の今頃。 
この期間はずっと入院していた。


日本に来て初めてのこのシーズンを一緒に
過ごせなかった。
 

…キレイな街並みを見せたかった。
海外とは違う、
日本の雰囲気を感じて欲しかった。


妻に、「キレイ」
って言って欲しかったし
そう思って欲しかった。


自分の無力さに涙がでる。


それでも、出勤時や退勤時に
その街中に溢れているキレイな景色を必ず目にしてしまう。

妻のこれからもずっと
生き続けたかった想いを背負いながら
涙を堪えて、歩くしかない…








11月30日

去年の今日、11月30日。

妻が日本で初めて入院を初めた日。

と、同時に2人のつらい日々が始まった日。

もう二度と人生で抗がん剤の治療をやらない
って言っていたのに、
「それしか方法はない。」
という事で、決断をした日。

せっかく、4年前の抗がん剤から
髪も伸びてきたし、肌も戻ってきたのに。

また、ゼロからのスタートを決めた日。

でも、悪い事ばかりではなかった。

海外の抗がん剤治療は、入院はなく
全て通院治療。

全くの 個人プレー 。

でも、日本の入院で
事務的な海外と違い、
看護師さんはとても優しく。
しかも、同じ病状の人達と同室になり、
お互い励まし合い、情報交換をし、
退院してからも連絡し合い、
時間があったら、会いに行ったりと…

日本に来て、妻の初めての「友達」ができた。

そういう巡り合わせを頂いた日でもある。

思いだすと、あっという間の1年。

妻は今、何を思っているんだろうか…