LINE (2)
「明日お母さんといっsぎっ緩和けわ行く」
…これが妻が最後に送ったLINEの言葉。
抗がん剤の副作用により、手の感覚がなくなり
それでも、一生懸命に打ってくれた文章。
数日前、そろそろいけるかも?
と思い、再びまたLINEを見てみた。。。
入院中のLINE。
毎日毎日、いつも最後の言葉は
「帰りたい」
「しんどい、帰りたい」
「もう帰りたい」
熱が下がれば退院できる。
って事でその日の朝の結果で退院が決まる予定だった。
一度、「今日はかえっるよ」って来てた。
あぁ、熱が下がったんだ。
と思い仕事後帰宅。
退院した。って思ったら
外泊届をだして家に着ていた。
その時は、無理しないで!って思ったけど…
今、考えると。
そこまでして帰って来たかったんだね。。
ごめんね… 気づいてあげれなくて…
ごめんね…
最後の2人の食事があいまいなもので…
後悔しかない。
…でも、どこに帰りたかったのだろう…
共に過ごした日本の家なのか。
産まれた祖国なのか。
ずっと2人で過ごしていた海外なのか。
本当に2人とも治ると最期の最後まで
信じていた。
来年には、治して海外に戻る計画もしていた。
こんな結果になるなら、
無理してでも、どこかに。
遠くに旅行でもしていればよかった。
思い出をたくさん作っていればよかった。
毎日毎日罪悪感が襲ってくる。。。
今日で私は仕事納め。
去年の明日は妻が最初の入院から退院した日。
あの日の状況が鮮やかに蘇る…
頑張って
よく、「頑張って」って言われる。
実際、何をどう
「頑張る」
かは誰も何も言ってくれない…
教えて欲しいくらいだ。
「まだまだつらいよ。。」
と言っても、
「それでも、頑張って!」
との返事。
死別経験者に対して、
気軽に言う言葉なんだろうか…
当たり障りのない、
「便利な言葉だな…」
としか思えない。
4度目の月命日
今日で4回目。
妻が他界した夏から4カ月が経った。
今朝から雪も降り季節も変わった。
だけど、私の時間はまだ8月で止まったまま。
また、
有難い事に数日前に妻が夢に出て来てくれた。
そうそう都合よくはでてきてくれないが、
狙っているのか
いつも12日の数日前。
今回は
ショッピングセンターで一緒に何か探してて、
その後、カフェで飲みながら会話。
何を話したなんて覚えていない。
私の中のいつもの風景。
嬉しかった。
おかげで気分は軽いが、
その反面、なぜか、心は重くなる…
未だに気をぬくと、
妻を救えなかった後悔と罪悪感が
押し寄せる。。
私は、あの夏から一歩でも進んだのだろうか?
私の親友達と、妻とでlineのグループを作っている。
グループ名は
「8.12」
他界した日。
私と妻と共に
海外で青春時代を共に過ごした親友達だ。
葬儀中もその後も、
共に泣き、一緒に妻を偲んでくれた。
月命日も、毎回
妻を偲んで、お供え物を写真で載せてくれる…
今日も送ってくれた。
妻にも、届いているのだろうか…
きっと
届いて、喜んでいると信じてる。
いつもより、妻を近くに感じる…