ヒストリーボーイズ | シャオ2のブログ

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最近は着物と舞台に夢中

このところ喘息が出て体調イマイチなワタクシ。
考えてみれば、先月は19日からほぼ毎日あっちゃこっちゃ出かけまくりだったわけで、そら体調も悪くなるよな~と
その怒涛のお出かけの皮切りが、この「ヒストリーボ-イズ」というお芝居。

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ええ、ぶっちゃけますと、松坂桃李くんが好きなんです、ワタクシ。
息子と一緒に見てたシンケンジャーの頃からw
ちなみに、その時ブルーを演じてた相葉裕樹くんも好きです
相葉くんの方はメインが舞台仕事で、これまたワタクシ好みの舞台にたびたび出てくれますので、毎回見に行っております。
そんなことはどうでもいいか。
主演の中村さんは、以前、「ロッキーホラーショー」を観た時に「お!」と思わせていただいたので、今回も楽しみ


ワクワクしながら森之宮駅で降りたワタクシ。
今回はソワレなので、まずは腹ごしらえです。
大阪で劇場といえば、梅田か難波かOBPか森之宮。月に一度はそのどれかに行ってるせいか、なんだかその前後にご飯食べるとこも決まっていたり。
森之宮では「フレンドシップ」という洋食屋さんが定番です。
ここは、味もさることながら、数量限定の日替わり以外は定食も終日やってるので便利です。
いつもはクリームコロッケとエビフライとアマダイのフライのB定食なんですが、今日はなんとなくオムライスの気分だったので、エビフライ付きのオムライスを注文

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ケチャップじゃなくてドミグラスソースです。さらりとしていた食べやすいソースでした
すげー不思議だったのが、玉子。
画像で見て取れるように、表面はしっかり火が通っているのに、内側はトロトロなんですよね。
中のチキンライスは玉ねぎと鶏肉が大きめでボリューム感もあるし、とっても美味しゅうございました



そんなこんなでピロティホールへ。
松坂くんはじめ、イケメンな出演者がたくさんの舞台でしたので、ファンなんでしょうね、学校帰りらしい制服のお嬢さんもチラホラ。
若くて綺麗な男の子をそろえた舞台らしく、お客さんのほとんどは女性でした。
舞台の内容は、といいますと…
イギリス人の脚本家らしいいかにもシニカルな内容。更に、ひたすら深刻になるのではなくて笑いも忘れないところが、いかにも英国的。
台詞の中にいろんな本や詩や映画の引用があって、観る方にも相当の力が必要な舞台です。
幸い(?)パンフレットに引用元の人物名や作品名の解説がありましたが、それを読まずに観ると、大抵の観客はちんぷんかんぷんだろうな、と思わせられる部分がちらほら。
まあ、何言ってるのか分からなくても、前後の芝居の流れで、何かから言葉を引用して面白おかしく話題をつなげてるんだな~という雰囲気は伝わってくるので、放り出された挙句さっぱり訳が分からない、なんてことにはなりませんが。

それでも、芝居の雰囲気を掴むまでは、置いてかれそうになってた人いただろうなぁ。
中身も理解すればするほど重い話なので、好き嫌いのきっぱり分かれる舞台だと思います。
が、好きな人はめっちゃ好きなはず。
舞台がイギリスですので、受験制度自体が日本とは違いますが、根本は一緒。
教育と教養の違い。教科書の中身や事実を正しく把握することと、それをどうプレゼンテーションするかは、そもそも全く違うものだということ。発想力や表現力とはどういうものか。
更には宗教や性的嗜好におけるマジョリティとマイノリティの葛藤も含んで、相当意根深く深刻なテーマを扱っている作品だと思います。
こういうテーマを諧謔と笑いと皮肉に包んでサラリと見せるというのは、脚本家の力量なんでしょうが、英国的でもあるよなぁと。
これがフランスなら、受験云々より宗教や性的嗜好における葛藤が前面に出てくるんじゃないかしらん?
日本なら、まず宗教や性的嗜好はオミットされるでしょうし、アメリカだとそもそもこんなテーマは選ばないし、選んでももっと明るくハッピーな話になってそう。
…って、偏見かしらね



役者の演技で言えば、中村さんの、授業ではいかにも自信満々なくせに恋愛事情になると逃げ腰になるところが、教師になりたての若い青年らしさが出ていて良かったなぁと。
生徒達もそれぞれの性格を掴んだ演技で、青い部分もあったにしろ、まあ良かったんじゃないかなぁ。
私が素晴らしいと思ったのは老教師ヘクターを演じた浅野和之氏。
博覧強記ともいえるほどのさまざまな知識を持ち、それを生徒達に惜しげもなく伝えられる素晴らしい師でありながら、その知識は受験という一点においては役に立たないものでしかないと校長からは思われている様子。
本人もそれを分かっているけれど、自分が教えているのは勉強ではなく教養なのだと自認していて、逆にそれを誇りにすら思っているのが伺えるところがいい。
受け取る生徒側も、彼の授業を受験の息抜きと捉えているけれど、楽しみにしているのは確か。楽しげな授業風景がそれを物語っています。
同時に、ヘクターには人には広言できない性的嗜好があって、それを知っている生徒達は、内心馬鹿にしているところもあり……
その知識・教養は受験の武器になるのだと、若い教師アーウィンに示唆された後、自分の教えてきた教養が、単なるパフォーマンスの手段に落とされたとヘクターが碇を露にする場面に、彼の孤独な矜持を見た気がして、ズシンときました。

ワタクシは普段、受験テクニックを教える塾の先生をしてますので、余計そう感じたのだろうなぁ。
子どもが人生を豊かに生きていくために必要なのは、教養。
本来、教育というのは、その教養を子どもに身につけさせるためにあるものだと思います。
ただ、受験体制を乗り切るには、教養よりも受験のための知識を詰め込み、答え方の技術を身につけさせることが優先されるのが現状だったり。
難しい問題ですが、考えざるをえないというか……

そんなわけで、すっかり教師側に肩入れして観てしまいました。
生徒側に注目するとまた違った感想もあるんでしょうね。