ある日、私は総武線快速の逗子行のグリーン車(自由席)に乗っていた。夕方の上りということもあり、船橋発車の時点では、乗車率15%くらいで十分な空席があった。
私はA席に座っていたが、すぐ隣のD席の客は、前の席を回転させて、1人で4席占領していた。体重100kgくらいの大柄な30歳くらいの男だ。まあ空いているから、4席占領でも特に気にはならなかった。
総武線快速逗子行は、東京からは横須賀線直通となり、下り電車となる。都心から帰る人が乗ってきて、錦糸町、馬喰町、新日本橋と停車するたびに、グリーン車もだんだん混雑してきた。しかし、4席占領している男は、平然とした表情で乗り続けた。
東京駅に着いた。降りる人はほとんどおらず、グリーン車にも大勢乗ってきた。しかし、4席占領男は、平然とした表情で、そのまま座っている。私の隣の通路側の席にも客が座り、私と共に「何だあの客は!」と凝視していた。ここまで混雑してきたら、たいてい席を戻すものだが、何もしないで堂々と座っていた。
(↑普通列車グリーン車の座席)
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東京駅を発車する直前に、グリーンアテンダントさんがやってきた。東京駅で、総武線と横須賀線で担当が変わり、交代するのだが、交代してすぐ、やってきたのだ。
そして、4席占領男に、笑顔でこう言った。
『お客様、恐れ入りますが、混雑してきましたので、座席を戻させていただけないでしょうか?』
男は何も言わず無表情で軽くうなづいて、足を上げた。
アテンダントさんは、笑顔のまま座席をゆっくり回転させる。
『ありがとうございます。足元、お気を付けください。ご協力、大変ありがとうございました。』
回転させて空いた座席に、私の隣に座っていた乗客は、移動した。
このグリーンアテンダントさんは、2つの点で凄い!!と感心した。「すぐ駆けつけたこと」と「うまく場を収めたこと」の2つだ。
グリーンアテンダントさんは、東京駅で列車に乗り込む。準備室にキャリーバックを置いて、すぐ駆けつけた。放っておいても、4席占領男が、周りの様子を察知して自ら戻す可能性もあるのだが、すぐ来たのは凄い。
そして、言い方が絶妙だった。乗客に座席を戻してもらう時の伝え方は、大きく分けて2種類あると思う。
【1】キッパリと要求する。
『お客様、混雑してきましたので、座席をお戻しください。他のお客様のご迷惑になります』
→→→迷惑している周囲の客の立場だと、このような言い方をすると、スッキリするかもしれない。ただし、カチンと来て、「自由席だろ。座れない客が出たら戻すが、まだ(通路側に)席が空いてるだろ!」などと拒否される可能性が増える。また、怒鳴り声を聞きたくない客もいる。
【2】笑顔でお願いする
『お客様、恐れ入りますが、混雑してきましたので、座席を戻させていただけないでしょうか? ご協力、大変ありがとうございました。』
→→→迷惑行為をしているとも言える客に、キッパリNOと警告してもらう方がスッキリするかもしれない。柔らかいお願いだと、この客は次も同じことを繰り返すかもしれない。しかし、逆切れして拒否したり、怒鳴り声を出したりされる可能性もある。
今回は【2】の「笑顔でお願いする」対応だった。これがサービス業の対応の基本だと思う。笑顔でお願い拒否されにくい、怒鳴り声を聞く事態は避けられるのだ。
特に今回は「笑顔」で「ご協力ありがとうございます」と丁寧だが、座席転換レバーに足がかかった状態でお願いするあたりは、断固とした意志が感じられて感心した。
水戸黄門が登場して、悪代官がひれ伏すのは痛快で最高だが、トラブルのモトになってしまう。悪代官が暴れるかもしれないのだ。
グリーンアテンダントは、迷惑行為を取り締まる警備員ではないし、快適な車内を創るのが「笑顔でのお願い」なのだ。
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別の角度からかなり好意的な見方をすると、列車の乗り方が、地域によって違うことが大きい点もある。
地方のローカル線では、2両編成くらいの4人掛けボックスシートが多い。大人は自動車で移動するから、乗客は高校生が中心だ。
このような地域では、1つのボックスに知らない人が相席に座ることはほとんどない。高校生は体力はあるが人見知り、遠距離の乗車は少ないから、4人掛けの席に1人座っていれば、たいていは立っている。相席に座ることはほとんどない。
すると、座っている乗客は、どうせ座らないのだからと考えて、荷物を空いている席に置き、靴を脱いで前の席に足を伸ばす。
このような路線に乗っている乗客は、他の路線に乗っても、習慣がついており同じことをしてしまうというわけだ。常識が違うのだ、文化が違うのだ。
だからと言って、混雑時に4席占領するのは迷惑行為だと思うし、決して構わないとは思わない。
でも、こうでも考えないと、「あの客けしからん!」「うわっ、こいつもふざけてる」と、ストレスばかり感じてしまう。こんな時、私は「何か事情あるのかも」と考えることにしている。