日常の生活が、様変わりしてしまったような今日であるが、それもまた日常であると頷かされる。
私達は、今という時をそのままに受け止めるという事をなかなかしない。自分の思いでああではない、こうではないと腹を立てたり、愚痴を言ったりしながら過ごしている。それも私達の楽しみの一つとして見る余裕があれば今を過ごせるのであるが、それが私達の執着になり次から次に出てくる思いに振り回されるような事になれば、それは私の障りになり苦しみになる。
であるなら、私達の次から次に出てくる思いを、執われる事なくそのまま受け取れるならばなんと楽だとは思わないだろうか。
日常の悩みや苦しみは、今という時に目覚めるならば、生も死も、老いも若さも、病も健康も今私のところにある事実でしかない。
その事実を見ることが出来ないというのが、私達の大きな病である。
とはいえ、思い通りになるならこんな楽なことはないと思う。・・・・・・その考えが今を見えなくしている。
