スピリチュアリズムの使命の一つに、正しい霊能者とニセ(偽)霊能者を見分けるということがあります。
霊能者は本来、“霊の通路”になるという大切な役目を背負っています。
その役目を通じて、いまだ霊界や霊の存在を知らない人々に、霊的な事実を伝えることができるのです。
その意味で霊能者には、「神の道具」としての大きな責任が与えられています。
ところが実際には、多くの霊能者が神の道具としての使命を果たすどころか、逆に神の道を妨げ、人々を正しい道から遠ざけるといった忌々(ゆゆ)しき問題を引き起こしています。
霊能は、自分自身の利益のために与えられた特権ではありません。
自分の利益のために霊能を用いることは許されません。
霊的な能力は、一般の人々には特別に素晴らしい能力のように思われていますが、霊能それ自体に価値があるわけではありません。
それをどのように用いるかによって、霊能を持ったことの価値が決まるのです。霊能力の使い方によって「本物の霊能者」か「ニセ霊能者」か、「優れた霊の指導を受けられる霊能者」か「低級霊に支配される霊能者」かが決定されるのです。
世俗的で物欲的な霊能者には、必ず低級霊が働きかけています。
世間一般に霊能者として名前が知られている人々(特にテレビや本の出版などでその名前が知られるようになった人々)の大半は、低級霊に翻弄されているのが実情です。
スピリチュアリズムに導かれ霊的真理を知ることのできた私達は、ニセの霊能者を見抜いて、世間の人々が彼らに近づかないように、また騙(だま)されないように警告を発する責任を持っています。
テレビなどに出ている霊能者が、お経を唱えると
霊に憑依された方が、のたうちまわったりするシーンがありますが、そんな事は、現実には100%ありません。あれは芸能人の演技なのです。
今まで、テレビで見た霊能者で本物は、宜保 愛子先生くらいのものです。