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このことを頭にいれて、霊視について読んで頂きたい。
霊視能力は生まれつきの素養に大きく作用される。そもそも視力で捉えるのではない。磁場の変異を探知し、前頭葉で受信・映像化して、後頭部の裏側をスクリーンにして映し出すのである。
従って、能力を開発向上することは可能である。
瞑想で鍛えるのだが、チャクラを活性化させることが可能になっている必要がある。
受信は前頭葉で行うので、第三の眼と呼ばれる額のチャクラを活性化させねばならない。
第三の眼は、その他の霊能力やチャクラのコントロールに必要不可欠なものなので、常時活性化させておく必要のあるチャクラなので、瞑想状態になくても、無意識でも稼働状態にあらねばならない。これが出来ないと瞑想のレベルアップも望めない。
額のチャクラの裏側は前頭葉がある。
霊視の受信機関なので、受診能力を高める必要がある。その為には頭頂のチャクラを回して開発を行う。
重要なのは想像力で映像を思い浮かべないことだ。
生まれつき眼が不自由な方は映像を思い浮かべることが出来ないが、そう言う方には生まれつき強力な霊能力が備わっているケースが多い。五感の欠落を生まれつき補っているのだろう。
従って視力健全者の常識では考えられないモノも捉えるが、それが正しい見え方なのだ。
眼に不自由が無い方は、皆、同じ物を見ていると盲信しがちだが、眼と言うレンズが捉えたものを映像化するのは脳である。従って、同じ景色を見ているつもりでも、実は細部が異なる映像を見ていることを認識すべきである。眼に頼ってはいけない。
額のチャクラで受診した情報は前頭葉が映像化し、後頭部の裏側をスクリーンとして映し出す。霊視と一言で言ってもそれだけの手間がかかっているのである。
また、額のチャクラは単なる受信機関ではない。
コウモリが超音波で障害物を捉える様に、より正確に捉える為に霊波を放出している。物の怪の類いはこの霊波に敏感で、自分がどのように感知されているか知ることが出来る。やろうと思えばテレパシーでの会話も可能だ。
この世に姿を現す物の怪にろくなモノはいない。害為すことを目的とする。
依って異形の姿で捉えられることが多いが恐れてはならない。自分より弱いと見れば祟りを為す。生きている方が強いと言う意識で睨み返し、相手を引かせることが肝要である。
さて、電波の類いは同じ周波数だと共鳴を起こす。霊も同じで同類と思われると共鳴し、最悪乗っ取られる。
ここで霊格と言うものが肝要になる。
神仏の類は同等の霊格でないと明確な姿は見えない。
また、霊格の高さは霊能力の高さと比例するので、物の怪の類いは自分より霊格の高い者からは脱兎のごとく逃げる。
物の怪を見ようとすれば、その波長まで霊波を下げてやる必要があるし、除霊をする時は蛙を睨む蛇の様に動きを封じ、悪さをしない証文を取るか、存在を消滅させる必要がある。
まぁ、霊視入門しようとする人は気配に敏感な一般人だろうから、自ら霊格を下げる必要は無いだろうが、先入観に囚われてはいけない。
また、ゴーストスポットにいっては行けない。霊力の微々たる悪霊でも集団化すれば恐ろしい。
まぁ、普通見えることで徳をすることはない。見えないのは僥倖だ。