芽・花・実で漁期知る

自然暦<上>

 

「じいさん、

ヨウラメの花が大きゅうなったが」

と言うばあさんの声で、

じいさんはタイを釣る支度を始める。

ヨウラメは、

トビシマカンゾウ。

小木の外岬は冬の季節風に直面する。

その海辺にはトビシマカンゾウが群生している。

テエバナとも言うとおり、

この花の動きはタイが、

産卵のため近海へ回遊してくる時期を教える。

「漁告げ花」のゆえんである。

 

草木の芽や花の動きなどで

一年の作業を確実にする「自然暦」の知恵は、

日本文化の大きな特徴である。

 

現行の暦は、

太陽暦(グレゴリオ暦)=新暦であるが、

明治5年までは、

大陰太陽暦=旧暦が用いられていた。

 

しかしその歴法は、

四季の変化に乏しく、

各地方ごとの風土を持たない中国から、

六世紀末に渡来し、

発達したため日本の気候、

生業の基準とはなり難く、

暦に二十四四季や七十二候を注し、

さらに節分彼岸、

土用、八十八夜等の知識を捕捉し、

日本的なものとして使われている。

 

暦法が大陸文化の影響を受けたため、

主客転倒しているが、本来、

日本の暦は素朴な「自然暦」であった。

 

「長者ヶ平遺跡」の発掘調査団長であった國學院大學の小林達雄先生は、

その著の中で「縄文カレンダー」を説き

”姿の見えない海中の出来事を、

陸に咲く花の顔色で窺い知ることの妙を思わすにはいられない。

…ここに縄文的思考の真骨頂を見るというべきである”

と述べられている。

 

漁期を教える花の動きのような、

基本的な現象の集積が自然暦であり、

日本人の生業活動には、

今日も欠くことのできない要素なのである。

 

人々が利用する自然現象で一番多いのは、

花、蕾、実の状態であり、

烏の出現(鳴声も)、

木々の芽吹きや葉の色の状態、

残雪の示す形、

などが注目されている。

 

その伝承の多くは、

農村に残されているため、

自然暦はあたかも農事暦と思われがちであるが、

作物の豊凶のほか、

その年の寒暖、降雨の多少、

風の強弱等を予兆することからも多く含まれている。

 

もちろん漁業にも多くの自然暦がある。

以下、

小木民俗資料館の資料を参考に、

漁の時期を教える草花を中心に、

「漁事暦」を列記する。

 

①フキノトウの芽の動きでマスがどこまで来ているかが分かる。(江積)

マスはサクラマスである。

春一番に回遊して来るのは、

マスであり、

その時期を、

雪消えの中から芽吹くフキノトウで知るのである。

 今のように舟を走らせて釣るようになったのは、

昭和35年ころからである。

それまではコオナゴ等の餌で一本釣りをしていた。

 

②ナシの花が咲くと、

マスの口にカネがつく。(田ノ浦)

 

カネはお歯黒のことであろう。

つまりマスの口が黒くなるという意味であるが、

サクラマスの口が黒くなるのではなく、

口の黒いアメマスが来遊するのである。

アメマスは安いので釣らない。

若葉の中に、

白いナシの花が目につくころにマス釣りは終わる。

 

 

文:高藤一郎平

 

「佐渡自然と草木と人間と」(2003)

著:伊藤邦男

引用させていただきました