1.磯の黒森 タブの森

 

日本の磯山を覆っていたタブの黒森。

「磯山が巨木でおおわれていたことは、

海に労つく人々の大きな便宜であったにちがいない。

なぜなら、磯山の黒森は、

”舟木伐る山”であったからである」と、

柳田国男は『北小浦民俗誌』(1984)にのべている。

 

岩の多い磯での船はタブのクリ舟であった。

コウラノクロモリは、

北小浦(両津市)の熊野神社のタブの森である。

孝さ20㍍、胸高直径1~1.5㍍の巨木が林立する。

沖合の船からも村のしるべとなる。

イソネギの船の位置を確かめるヤマアテの森でもある。

林は暖地の植物をふくむ照葉樹林である。

 

南佐渡の羽茂の海辺の丘の村の岩野。

この村もタブの森の中にできた。

七平のタブはきわだった巨木。幹周6.6㍍、

四人抱えの巨幹。

樹幹幅は20㍍。

黒く重い巨幹と樹感がずしりと迫ってくる。

※現存しません

羽茂平野が入江であったころ、

この丘はタブの原生林でおおわれていた。

黒森は朝陽を浴びて輝く。

風が渡り数十万の葉は揺れ、葉を鳴らす。

椿の花が咲き、

イノシシ、ウサギが飛び交っていた。

この森で人々は生まれ、

生涯を終えていった。

黒森は村と村人と連なり支え合っていた。

 

人だけではない。

光と風と連なり、

入江と水と、

魚とも連なり支え合っていた。

タブの森は万物共存の原点。

日本の磯山が失ったものを、

この島は持っている。

 

2.天然杉の島 巨木育てた島

 

日本は世界に先駆けて巨木の調査(1988)をした。

巨木とは樹種に関係なく。

地上高1.3㍍の幹周が3㍍以上のものを指す。

観測された日本の巨木総数は6万1441本。

新潟県の巨木総数は2538本で、

三重県、茨城県に次ぐ全国3位の巨木県である。

新潟県は樹種別で、

スギが第1位で1218本、

次いでケヤキで696本、

「スギ、ケヤキ巨木県」であっる。

佐渡の測定巨木総数は296本である。

 

現存する佐渡の杉の巨木ナンバーワンは、

両津市五十里の「金峰神社の大杉」で、

樹高40㍍、

幹周8.5㍍の偉大な大杉である。

※現存しません

先年(1975)、

大佐渡の関越えの天然杉の中で出会ったスギの巨木は、

樹高40㍍、

樹幹幅17㍍で、

胸高幹径1.5間(2.7㍍)。

雲をつかむようなこの形を「関越えの仁王杉」と名付けたが、

現存する佐渡の天然杉の中で第二の巨木である。

(関越えの仁王杉)

天然杉のまとまった林は、

大佐渡のドンデン以北の北西傾斜の500㌶、

典型的な杉の天然林は、小杉立。

親杉(一抱えから二抱えもある親杉・大杉)から

伏状更新によって小杉が輪になってとりかこむ。

小杉・親杉と樹齢1000年の巨木の同居する森である。

 

赤泊村川茂の大杉山にあった太郎杉(海抜290㍍)。

江戸時代に伐られたこの杉は、

木こり13人が半年かかり。

切株にムシロ8枚を敷いて酒盛りをしたと伝えられる「佐渡縄文杉」である。

切株が現存するがその長径は3間(5.4㍍)、

短径2間(3.6㍍)、

幹周15㍍余で、

屋久島の縄文杉(幹周16㍍、・樹齢2300年)に匹敵する杉の巨木である。

両津市羽黒の五月雨山一帯の「羽黒御林」。

この山は常に五月雨降るかのようにモヤたちこめ、

霧湧き上がる空中湿度の高い立地である。

スギ、マツの総本数はおよそ2万本。

スギの巨木(幹周3㍍以上)だけでも、

およそ3000本。

現在(1988)の新潟県科の測定巨木総本数2538本を上まわる巨木が、

この羽黒山一帯に林立していた。

明治27年に木が伐採された。

まさに佐渡は「巨木の育つ島」、

いや「巨木育てた島」であった。

 

3.ドンデン 花の渓谷と放牧草原

ドンデン(最高峰ー3の段940㍍)は、

大佐渡山地の北東部にある。

百花咲き乱れる春の花の探訪(4月上旬~5月中旬)はアオネバ渓谷が良い。

両津港より梅津川沿いに30分、

ドンデン登山口(海抜300㍍)より峠(アオネバ越え・海抜800㍍)に至る

「アオネバ渓谷」は春の花の探勝地として、

これほどよい渓谷はない。

徒歩二時間半の楽な登り道。

ロッジ(890㍍)に5泊して春の花を朝から夜まで堪能した

「山渓フラワークラブの一行は、

「佐渡の花の特徴まず第一は、

花の種類の多さと花の密度の濃さ。

あこがれ的だったシラネアオイ、おキクザキイチゲもサンカヨウも、

オオミスミソウもうじゃうじゃ。

カタクリにせよ、

ニリンソウにせよ、

とにかく足の踏み場もないほどどさっとあった。



(シラネアオイ)

第二の特徴は、

春の花を楽しめる期間が非常に長いということ。

雪解けが山の上へ上へと進むのを追いかけて春の花が咲き上がっていくため。

第三の特徴は、

山の植物と大佐渡願海岸の植物が同時に楽しめること。

山の上部は早春、

眼下に見える海岸は初夏の感じ。

午前中は山の花、

午後は海辺の花を楽しむ。

この三点を満たすのは佐渡だけ」と。

 

渓谷に見られる花は、

ナニワズ・フクジュソウ

・オオイワカガミ・ヤマシャクヤク・アマナなど。


(ハクサンシャクナゲ)

花の濃い紅色のオオヤマザクラ。

渓流のせせらぎもよい。

 

アオネバ峠より左手の道は金北山(1172㍍)への縦走路。

右へ行けば徒歩15分で入川車道の舗装道、

道を5分下って右に入れば20分でドンデン池に至る。

ドンデンは団嶺で頂きの円い山の意味。

一の段(大滝山)、

二の段(ロッジ)、

三の段(尻立山)をへてドンデン池に至る広大な高原状のシバ草原。

純度と均質度が極めて高い日本の放牧シバ草原を代表する。

草原に点在するハクサンシャクナゲ・

レンゲツツジ・ウラジロヨウラクはウシの不食によって純化した低木林。

ザレ(風蝕砂礫場)に咲くミヤマコゴメグサ・ヤマホオコ

・マルバキンレイカ・イブキジャコウソウ。

ムラサキヤシオツツジ・タムシバ・ブナの風衝樹。

眼下に広がる国仲平野・加茂湖。

魅力は尽きない。

 

4.オオミスミソウ

日本海側の雪国の雪割草は、

花も大きく変異に富み、

弁、蕊それぞれ紅・紫・青・桃白色その組み合わせで千変万化、

太平洋側のものと区別してオオミスミソウと呼ばれる。

ポリゲン(多遺伝子)をもち、

変異に富む雪国の妖精。

「花になりたきゃチヂザクラバナにたけはこようても器量よし」

と海府甚句に歌われる。

 

佐渡の金山のブナ・ミズナラ林域の林縁に、

地に敷き詰めたように咲くので、

ヂザクラバナ・ツチザクラの名でも呼ぶ。

4月3日は島のひな祭り。

前日、

女の子は母親と山に入り雪割草を摘む。

雛の一番喜ぶ花をお迎えする花迎えである。

ヒナサンバナ、セックバナ(節句花)、チゴロン(稚児殿)とも呼ばれる。

ひなびた紙雛に進ぜる赤・青・白の菱餅。

湯飲み茶わんいっぱいに生けられた紅・紫・青・桃・白色の

千変万化のユキシタバナ(ユキワリソウの方言)。

「ヒイナサンに必ずユキシタバナを進ぜる。

ヒイナサンには魂があって、

この花をみて喜ぶ」

と村人はいう。

花に宿る命を村の女の児たちにお迎えする。

「この雛さんのように優しく美しい女の児になりなさい」

と母は娘にはなしての節句である。

 

 

 

 

「佐渡自然と草木と人間と」(2003)

著:伊藤邦男

引用させていただきました