1.神住む島 

風土に立つ

 

赤塚五行は佐渡小木町在住の俳人である。

昭和25年生まれ。

『河』入会、

昭和56年。

「角川春樹新人賞」・「河新人賞」受賞。

昭和63年処女句集『海彦』発刊。

 

五行の句に

「この島のほどよき広さ麦の秋」・「この家にも泣く子と老婆茄子の花」

がある。

”泣く子と老婆茄子の花”に出会うと、

ホッとする五行。

「背伸びしてあらためて島曼殊沙華」・「志たとえば島の寒椿」。

真紅の曼殊沙華に、

雪中の寒椿に、

わがいのちのゆくえを見る五行である。

『河』に入会したのは五行31歳の時。

角川春樹副主宰の作品に熱狂雷舞して入会したという。

その作品は「鯨捕る碧き氷河に神のゐて」の句である。

南氷洋の鯨捕り。

”碧き氷河”に神を見たのは、

春樹だけではない。

五行もまた神をみたのである。

(曼殊沙華、ヒガンバナ)

先年、

新潟市で日本生薬学会が開かれた。

会員一行は佐渡のヤマトリカブト自生地を探訪のため来島した。

佐渡に自生するヤマトリカブトは

「佐渡烏頭・佐渡附子」として

江戸時代から有名・一行は朝の入山、

夕方の下山の際にうやうやしく山に向かって礼拝する。

山姥(山の神)に対しての感謝という。

「とりかぶと山彦山のどこに棲む 五行」。

「山姥の声を背にとりかぶと 五行」。

山の男神の山彦、

女神の老婆に思いをはせる。

心しずめトリカブトの濃紫の花の背に山姥の声を聴く。

神の啓示は我が道である。

 


(トリカブト)

2.精霊宿る島 

佐渡の夏

 

佐々木玲子は佐渡小木町在中のガラス工芸家である。

佐渡は精霊たちの息ずく島であるという。

「私は、佐渡の夏が大好きだ、

すべての色と形が調和して平和で、

かつ官能的な景色をつくっている。

樹々の緑が深くなり、

風は柔らかく、

微かに海や山の香りをふくんでいる。

樹々の緑が深く、

厚いため自然のあちらこちらに神々や、

精霊たちが宿っているような気がする。

人々はかつてそれらのモノ達と共に暮らしていたに違いない。

 

この神々や精霊たちが宿っていることを感じさせる自然を残す佐渡。

このような生活感覚はアジアの物である。

アジアは長く高度な文明の歴史を持ちながら、

最近まで人が自然と共存してきた。

人は精霊たちが自然の中にだけ生きることを知っていたし、

その自然なしには、

人は神々と共に生きられないことを

知っていた。

 

今、

世界は自然との共存を模索している。

目に見えないモノのことを

知りたがっている。

精霊たちと共存することは、

とても現代的である」と。

 

3.精霊花 

ミソハギ

 



お盆になるとショウリョウサマがお帰りになる。

遠い冥界よりおいでになった精霊様は沈み眠っておられる。

その霊を蘇らせるのが精霊花(和名ミソハギ・エゾミソハギ)である。

「精霊花を毎日進ぜるが、

精霊様は毎日目覚めて私に会ってくださる」

と村人はいう。

盆の13日から16日までの4日間、

毎日墓参りをし、

新しい盆花を立て替える戸地(相川)では、

ミソハギやハギを”立替花”という。

村人は13日の早朝、

朝露を踏んで山に入る。

盆花迎えである。

 

 

4.釈迦花

ツバキ・ツツジ

 

釈迦入滅の2月15日の1か月遅れの3月15日が佐渡の涅槃会である。

この日、

長い竹竿の先にツバキの花をつけて家の前にたてる。

これが“上げ花”釈迦花である。

「上げ花の椿を立てて日本海 数馬あさじ」。

「お釈迦さんの入滅を悲しんで、

竹竿高く立てたツバキの花と、

涅槃西風の白波の立っている日本海を前にして情景を詠んだ」

と数馬さんはいう。

 

”死んでまたくるお釈迦様”。

4月8日は釈迦誕生日。

灌仏会である。

佐渡では1か月遅れの5月8日をシンガツヨウカとよび、

この日寺では花祭りが行われる。

この日、

長い竹竿の先にレンゲツツジ、

ヤマブキの花をつけて家の前に立てる。

釈迦に進ぜるシャカバナであるが、

村によってはヤクシバナ、タイシバナ、

テントウバナ、アゲバナ、タカバナと呼ぶ。

 

(レンゲツツジ)

 

 

 

 

「佐渡自然と草木と人間と」(2003)

著:伊藤邦男

引用させていただきました