昔は子おろし草



 

大佐渡の二見半島。

半島をめぐる海岸は七浦とよばれ岩礁の点在する美しい海岸。

海岸に点在する村のひとつ大浦。

 

北の海辺にありながらこの村は暖かい。

北側に大きく突き出る春日岬のでっぱりが冬の季節風をさえぎっている。

 

村の鎮守様である。

尾平神社の林もタブの林であり、

相川町の天然記念物に指定されている。

 

タブ林は、

暖帯林の代表樹林。

林内はタブ、

ヤブツバキ、

ヒメアオキ、

マサキ、

ヤツデ、

ヤブランと常緑の暖地系植物が多い。

 

佐渡ではタブの林を”黒森”とも呼んでいるが、

重厚な感じの黒森である尾平神社の森が、

いちばんはなやかになる季節。

それは10月のなかばから11月のなかばすぎまでである。

 

それはツワブキの黄花で埋められる季節。

10月のはじめつぼみがほころびはじめる。

 

10月のおわり満開となり、

11月いっぱい咲きつづける。

鳥居の周り、

石段の両側や林の縁のがけは、

ツワブキの黄花で埋まる。

 

タブの黒森がはなやぐ季節である。

鮮烈な黄花がまばゆい。

 

ツワブキは”艶葉蕗”で、

そのつややかな光沢ある葉がフキににているからである。

 

大きいものは、

葉の幅35㌢余、

ぬきでる花茎も65㌢余、

花は房となって20花もつける。

 

暖地の花である。

九州では12月に花咲くという。

いその岩場に多く、

イゾブキ、

イワブキともよばれる。

佐渡では、

ツヤブキ、

ツワ、

ツバブキなどの名でもよばれる。

日本海を北上して、

佐渡にも花咲かせるが、

佐渡は北限ではなかろうか。

南佐渡では小木の内みさきの宿根木や小木の城山、

大佐渡では大浦、

春日岬、

相川の北沢、

南沢にもみられる。

いずれもタブ林域で、

タブ林緑の岩や崖場に群生する。

 

大浦の村人は

「ツワは雪の降る頃まで咲くのでのー。

野山に花がない時期だが、

ツワだけは黄色い花がボコンとさいていていいもんだ。

葉は艶があってピカピカして葉もいいもんだ。

黄色の斑入り(キモンツワブキ)も大浦に野生していたが、

今は絶えた。」

 

神経痛やリューマチにもたいそう効くという。

痛む部分にヒキサゲの草(有毒植物センニンソウ)をもんでつけて、

皮膚をやぶす。

そこにツワの葉をあぶってつける。

傷から”トシル”がでなくなると、

毒が抜けて痛みがなくなるという。

 

ツワブキは、

下相川でも大浦でも”子おろし草”だと聞いた。

「わたしゃ聞いただけだがのー。

昔は子を堕ろす時に使ったと。

クキ(葉柄)を手いっぱいの長さ(手でつかんだ長さ)にななめに切って、

使ったという。

春日岬へいって、

”子おろし草”で子をおろした人は、

相川にもたくさんいるという話だ。

相川は2人しか子をうんでならん町だからのー。

ツワは、

薬にもなるが毒にもなる。

おっかねー草だのー。」

 

老婆は、

ヒソヒソ声でこのように話してくれた。

 

”子おろし草”は、

遠い遠い昔の話し。

子どもの頭にも、

ガメができなくなってから久しい。

 

四国からお嫁にきたという、

若い嫁さんは、

四国にもあったツワブキが、

お嫁にきた佐渡にもあってなつかしいと話してくれた。

 

ツワブキの花の咲く頃になると、

昔の句会での句を思い出すと、

次の句を教えてくれた村人にあった。

 

ツワの花海峡わたる日の低き

 

冬日が、

ツワの黄花に輝いていた初冬のある日のことである。

 



「佐渡山野植物ノート:伊藤邦男」

(2001)

引用させていただきました