薬種鬼臼はヤグルマソウではない

ヤグルマソウ



ユキノシタ科ヤグルマソウ属の大型多年草。

根生葉は5枚の小葉からなる拳状複葉。

ヤグルマソウは矢車草で、

葉の形が矢車に似ることによる。

生薬名は鬼燈繁(きとうけい)。

江戸時代の佐渡の物産「佐渡国薬種二十四種」(1722)に、

「鬼臼(ききゅう) ヤグルマソウ」

とあるが、

本草学者の間違いで、

鬼臼は中国産のハッカクレン(八角連)を指し、

和の鬼臼はサンヨウ(メギ科)である。

 



 

ヤグルマソウ。

ユキノシタ科ヤグルマソウ属の大型多年草。

 

ヤグルマソウは矢車草の意味。

葉の形が端午の節句に立てる鯉のぼりのさおの先につける矢車に似ているからである。

ヤグルマソウの根出葉は長い柄があって、

5枚の小葉からなる拳状複葉である。

ひとつの小葉は長さ40㌢、

幅30㌢にもなるから、

五小葉からなるヤグルマソウの拳状葉は、

ひとかかえ以上の大きさになる。

 

峠路の小さき谷を埋めるほど矢車草は茂りて  蘭 一雄

 

主に谷沿いの林のふちに群生する。

ドンデン三の段近くの谷沿い(海抜150㍍)などのヤグルマソウの大群生が思い出される。

 

花茎の立つものはすくない。

何年か経たなければ花茎がでない。

花茎は1㍍余りで直立、

頂に白い小さな花が密生するが、

花序は円錐花序。

林床に生える葉は緑色、

林のふちで陽をよくうける葉は紅変し美しい。

この紅変はヤグルマソウの日焼け止めの色素による。

 

さてヤグルマソウといえば、

佐渡奉公所編お『佐渡志』(1816)の物産の項に登場する

「鬼臼・方言やぐるまさう 山中にあり」

と記される。

また八代将軍吉宗の頃、

全国的に生物相と物産が調査され、

その折幕府の本草学者によって「佐渡国薬種二十四種」(1722)が定められた。

淫羊霍(イカリソウ)・辛夷(タムシバ)・黄連(オウレン)

・当帰(トウキ)・細辛(サイシン)などの24品がリストされたが、

そのうち1品に「鬼臼・ヤグルマソウ」がある。

この解説は、

生薬名で鬼臼と呼ばれる薬種は、

山中にあるヤグルマソウのことであることになる。

 

中国で鬼臼と呼ばれる植物は日本のどの植物にあたるか。

江戸時代の本草学者もわからなかった。

生薬名が鬼燈繁であるヤグルマソウを鬼臼とした。

植物学者・牧野富太郎も鬼臼は、

別名八角連と中国で称されるが、

なんの科の何の属のものかよくわからぬとしている。

中国の医学書の『中薬大辞典』によれば、

鬼の臼は中国に分布するメギ科のハッカクレン(八角連)の根茎のこと。

地中を横に這う根茎に臼状の古い茎の痕部が連なり九臼ともよばれる。

成分はボドフィルム脂。

薬効は去痰し結を散らし、

解毒し瘀を去るとされる。

鬼臼は日本に自生しない。

ただ日本自生の(佐渡にも自生する)メギ科のサンカヨウの根茎にも

鬼臼と同成分のボドフィルム脂がふくまれ、

鬼臼の異名に現在、

山荷葉がつかわれる。

 

「佐渡国薬種二十四種」のひとつ「鬼臼」にヤグルマソウをあてたが、

これはまちがいで鬼臼はサンカヨウとすべきである。

正しくは鬼臼はハッカクレン、

和の鬼臼はサンカヨウである。

 

 

「佐渡薬草風土記:伊藤邦男」

(1993)

引用させていただきました