大阪の舞台に近年注目している役者さんふたりが揃って立つ。好機と捉えて1泊の大阪旅行、あちこち周ってホテルでひと息。

さあメインイベントだ。





劇団新劇団公演

『シアワセサンカ』

役者・脚本家・演出家のゴブリン串田氏(下画像・最上段いちばん右)が代表を務める「劇団新劇団」の今春公演。古典劇や史実を新たな解釈・見せ方で演じる一方、今回の様な日常に主題を求めた公演も手掛ける劇団とのこと。

公演が行われる「扇町ミュージアムキューブ」はかなり新しい劇場で、驚くべきことに大きな総合病院の敷地に、それも抱かれるようにある。劇場以外にシアター、展示スペース、セミナールーム、更には開放的ワークショップが常に一般人の為に提供されているのだ。


行き道で目に入った「扇町ミュージアムキューブ」(赤い建物)。



〈物語〉

幸野志与華=シヨハルは結婚式場のプランナー。満々のやる気は空回り、しかもちょっとお間抜けさん。上司はいつも渋い顔だが明るく前向きな彼女は多くの先輩・同僚に愛されている。そんな彼女をすっかり気に入った幸助・りなのカップルは式の担当に彼女を指名したが、実はシヨハルにとってふたりは初めての契約者だった。相変わらずの打ち合わせミス、ユニーク過ぎるりなの両親、更には結婚に一家言ありそうな幸助の母親が式場に現れて…。

果たしてシヨハルは幸助とりな、その家族や関わる全ての人に幸せな式・披露宴を迎えてもらうことができるのか!?



本作の主役は最上段・いちばん左の和田望伶(わだ・みれい)さん。大阪出身の女優さん、主演で故郷に錦を飾った。橋沢進一さんのお弟子さんのひとりだが近年客演が多く、音楽PV出演やモデルとしても活躍されている。

もうひとりの‘推し’は関口ふでさん、2段目・右から2番目の方である。一年中どこかの舞台に立ち、私の友人・吉田潔さんとも年に幾度となく共演されている。年に一度の一人芝居が圧巻で、その演出をされているのが今回の舞台の座長であるゴブリン串田さんだ。


和田さんは芝居の判らぬ私でもこの数年で急速に力をつけてきていると感じる。上手く言葉にできないがこの人特有の空気とか世界観があるような、そんなお芝居をされる。今回のシヨハル役は主役ながら台詞は少なめだったのだが、その分和田さん特有の雰囲気が非常に活きたように感じた。表情だけ、背中だけでそこにその時のシヨハルが「いる」のである。

関口さんは新郎・幸助の母親・フク役である。今回の舞台では大阪出身の役者さんが集められたが、ただひとり東京から参加された。またこの作品は再演だそうだが、最初の東京公演から引き続いての同役もただひとり。製作者の信頼ぶりがうかがえる

事実関口さんはキャラクターや年齢(失礼!)から母親役を沢山演じておられるが、その「引出し」の多いこと!今回は慣習や親族のしきたりに拘る頑固さの裏に葛藤と優しさを隠した母親である。

その母親・フクがシヨハルに心情を吐露する場面が私個人には最大の見せ場になった。


神前式・白無垢への拘りから両家の打ち合わせを微妙な雰囲気にしてしまい、その後式場に姿を見せなくなったフク。信頼を失った、そう感じたシヨハルは遂に心折れて式の担当を降りてしまう。そうとは知らないフクはただひとりシヨハルを呼び出しす。

強気で頑固だったフクが迷いやためらいをまとってシヨハルと会う。そこで語られるフクの本音—母としての思い、ひとりの女としての思い、貴方にだから話せる。シヨハルは驚きつつもそれを受け止める。このシーンはほとんどフク=関口さんの一人語りでシヨハル=和田さんは聞き役なのだが、おふたりの共演を幾度か鑑賞してきた私には和田さんの安心感、関口さんに身を預けるようにお芝居をする様子が印象的だった。役どころの立ち位置とは逆、和田さんのお芝居を関口さんがしっかりと受け止めているからこそ、和田さんの言葉少ないお芝居が活き活きと見える—そう感じた。


私が大阪までおふたりの公演を観にきた理由はもうひとつある。大阪の舞台の雰囲気に対する好奇心だ。東京を中心とする地域の舞台とは違った雰囲気があるのだろうか。

今舞台の座長・ゴブリン串田さんも大阪の方である。20年ほど前に東京に行き舞台の世界で生きてきたゴブリンさんにとって初の地元公演だという。

そんなゴブリンさんのお話に大きな拍手とともに

「お帰りー!」

とあちこちから声が飛んだ。東京の舞台で同じ状況ならば大きな拍手で終わるのではないか。

いよいよ幸助・りなの結婚式の場面になると司会役から

「ご参列の方々もご起立を願います」

と声がかかる。入場時に配られた一つ折のリーフに讃美歌の歌詞が書いてあったのでここでは観客は参列者となる。事前案内がなくても観客は予想できるし、歌う讃美歌は第312番(「星の世界」のメロディ)だからさほど戸惑いなく皆立ち上がり歌う。この辺りも観客の反応はいい様に感じた。

鑑賞態度、終幕後の歓談の様子などは特に関東圏と変わりないが、総じて観客の反応が早くその中味がダイレクトな印象だ。

舞台を鑑賞して感じたこの空気感が後で役立つことになる。


‘推し’のおふたりに挨拶したいところだが和田さんは地元の知人・友人が大勢いるうえ、私のことはあまり覚えていないだろう。邪魔にならないよう引き上げるつもりでいたが、嬉しいことに関口さんからご挨拶を頂いた。披露宴のシーンからの流れで和装であったがよく似合う。糠味噌アタマの私は上手く話ができなかったが暖かく接していただいて恐縮するばかりであった。


まだ余韻の残る劇場を後にする。時刻はまだ9時前、喉も乾いたのでどこかで呑もう。見当をつけていた一軒を目指して歩き出した。幸福な出会いの一軒で良い酒と肴を楽しんで…

…sy3の旅がそんなにすんなり行く訳がない。ここから数時間、sy3の迷走が再び始まるのである。