YouTubeで公開中の動画『トラマルとケン』シリーズ、最新作『ウルトラマル5』の舞台である旧・浅草猿若町(さるわかまち。さるわかちょう、とも)に行って来ました。
本シリーズの作者Yoko hinahina shantiさんはヨガ講師であり、カレー・薬膳の知識も併せて中高年の健康を支える活動をされています。
そんなYokoさんの手になるAI活用の時代劇が『トラマルとケン』シリーズです。舞台は江戸末期、子猫のトラマルと相棒で医学を学ぶ青年ケン、その仲間たちが繰り広げる奇想天外な空想科学特撮シリーズです。
そのお話はどこまでも優しく
「ちょっとくすぐったいけれど、忘れてはいけないものの感触」
に満ちています。
私的感想ですがYokoさんが幼少期に触れた空想特撮への愛情からか、ご自身作曲の音楽が回を重ねる毎にどんどん特撮チックになってきています。
さて『ウルトラマル5』は江戸・旧浅草猿若町が主な舞台です。東京生まれの私としては江戸の街は近いようで遠い不思議な存在です。そこで架空とはいえ物語の舞台となった旧・浅草猿若町の跡を実際に歩いてみよう、と思ったわけです。
この日の首都圏はおよそひと月ぶりの青空が広がりました。朝10:30、東武伊勢崎線(現・スカイツリーライン)浅草駅から小旅行スタートです。
東武浅草駅は1931年(昭和6年)竣工、東京初のデパート併設の駅ビルを備えました。1945年(昭和20年)の東京大空襲で全焼するも原型を保ち、改修されて使われてきました。現在は竣工当時の姿を「再現」していますが建物自体は95年前のままの「本物」です。
この下には日本最古の地下街があります。一部マニアや穴場狙いの観光客の間では知られた場所でしたが、映画『PERFECT DAYS』のロケ地として更に有名になり、今では外国人観光客が焼きそばを啜っています。
なんだか嬉しくなります。
スマホの地図の案内では上の写真の駅ビル左側の馬道通り(うまみちどおり)に沿って歩くことになりますが、ちょっと寄り道、右側の水戸街道を行きます。
東武浅草駅は片側行き止まりの「終着駅」です。出発するとホームから大きくカーブを描き、すぐに隅田川を渡る鉄橋に入るというダイナミックな造りの駅舎でもあります。
幼少時代のsy3は毎年お盆になると家族と共にこの駅に来て、特急電車を横目にオイルステインの匂いの古い電車に乗って墓参りに連れて行かれたのでした。
寄り道はここまで。線路をくぐって馬道通りに入ります。
馬道通りの向こう側は浅草寺をはじめとする寺社仏閣が言問通り(ことといどおり)まで続いています。
浅草寺を背に内外観光客で賑わう馬道通りを歩き、馬道交差点で言問通りを渡ります。
渡ってすぐ右の小さな道に入ります。
小道の入り口そばに「馬道」と小さな看板が立っていました。この小道が馬道なのか、と思ってしまいますが本来はこの辺り一帯を馬道と言っていたそうです。
ここから住宅と小さなマンション・会社の建物の間を歩くと5分ほどで旧・浅草猿若町に着きます。
実は現在猿若町という地名は存在しません。1966年(昭和41年)に住居表示—現在の〇〇町〇丁目〇番地という住所の分け方が採用された時に浅草6丁目に組み込まれました。しかしながらその名と歴史を残すための取り組みが続けられています。
スマホのマップに従ってジグザグ歩いて、ちょうど猿若町の真ん中辺りにやってきました。
猿若町会館。この近くのマンションにも猿若の名が冠されています。
会館の斜向かいにある標識。旧猿若町の要所要所にこの標識が立ち、その由来が柱に記されています。
すぐそばに、隠れるように「市村座跡」の石碑が立っていました。
そこから北側、遠くないところにもうひとつ。
こちらは「守田座跡」の標識。石碑はこの標識の斜向かいに立っています。
エリアの南端、言問通りまで歩きました。本来はこちら側が表玄関にあたります。
言問通りにある標識には猿若町の由来が付されています。
すぐ近くには地図の描かれた案内板も。
歩いて来た道を引き返して、今度は北の端まで行ってみます。
言問通りから入ってすぐ左手に「中村座跡」を示す標識があります。
付近を探しましたが石碑はありませんでした。
先ほどは見落としていましたが途中にここが浅草猿若町であったことを示す石碑もありました。
由来案内板にあった区域図のアップです。
赤い丸が猿若町の北側のどんつきです。この位置から青い丸の方を見てみました。
約200メートル先に言問通りを望むこの道が、猿若町のメインストリートでした。向かって右の街並みに手前から守田座、市村座、中村座の順で並んでいました。左手には飲食や土産物など様々な店舗が軒を連ね、それを囲む様に大道具・小道具屋、楽器や芝居の用具を扱う店が集合していました。写真の向こうの右奥には浅草寺、反対方向に20分も歩けば遊郭として有名な吉原があり、一帯は江戸きっての大歓楽街となっていたのです。
これは明治元年に撮影された猿若町の様子です。上の画像と同じく北側から言問通り方面を撮影しています。画面右側の建物の上に上げられている四角い看板の様な物が「櫓(やぐら)」です。
6〜7年後にほぼ同じ位置から撮ったとされる写真。白地の丸の中、右側に「もり田」とありますのでここは守田座です。上の写真とは異なり奥の建物に櫓が上がっていません。浮世絵師・安藤広重がこの角度の版画を残しており、2枚の写真は広重の絵に倣って撮影されたものと考えられます。
今はただ静かな住宅街です。往年の享楽を思い起こさせるものはありません。
ですが現在の猿若町・メインストリート跡地に立って2枚の写真を視界に重ねて見ると、街並みと空、芝居のあと先の高揚した人々の空気、お囃子や呼び込みの声、露店の食べ物の匂いや白粉の香りまでもが甦って来ました。
現場に立つというのはすごい体験なのだな、と強く思いました。
猿若町と歌舞伎の関わりについて少しだけ触れます。
江戸期・天保年間(1830〜1844年)に京橋・日本橋などに点在していた歌舞伎小屋は、火災対策や綱紀粛正を理由に江戸城の外堀よりさらに外に移動することを命ぜられました。
この時移転先として指定されたのが浅草猿若町です。
当時の様子を伝える有名な図画です。大きな建物が絵の中心にふたつ、左が中村座で右は市村座です。その更に右、雲に覆われている場所に木挽町(こびきちょう、今の銀座6丁目辺り)から河原崎座が引っ越してきます。おや、守田座では?と思われるかも知れません。この頃の歌舞伎界には「本櫓(ほんやぐら)」と「控櫓(ひかえやぐら)」という仕組みがありました。当時のお役所に正式に許可されて舞台を開くのが本櫓です。この本櫓が何らかの事情で公演を行えない場合—大概は金銭的な行き詰まりでした—間を繋ぐように公演を行っていたのが控櫓の一座でした。幕府の命により猿若町に移転した際、公演できない本櫓の守田座に代わって控櫓の河原崎座が公演を行っていたのです。
猿若町に江戸三座が定着して25年、明治維新とともに町の終焉がやってきます。江戸無血開城、市川・船橋の戦い、上野戦争と続きさしもの猿若町も閑古鳥、追い討ちをかけるように明治元年突然政府から強制移転を命じられたのです。まず守田座が明治5年に、明治15年に火事で全焼した中村座が17年に、明治25年には残った市村座が移転し3つの本櫓は猿若町を離れることとなりました。周囲には小さな芝居小屋、講談や人形芝居の小屋、更には大道具・小道具屋、衣装屋なども集まっていました。三座移転の後も生き残っていた様ですが、猿若町が求心力を失っていったことは想像に難くありません。その後1945年の東京大空襲で浅草一帯は焼け野原となり、猿若町とそこに根付いた芝居文化も炎の中に消えてしまったのです。
それでも現代にその芝居文化を残す小道具屋さんが旧猿若町にあります。
明治5年(1872年)創業、現在も舞台や映画・テレビ番組などにさまざまな道具を提供しているそうです。
また当時市村座が発注した大太鼓が地下鉄銀座線・田原町駅近くの資料館に保存されているということです。
旧猿若町界隈をぶらぶら歩いてみました。
新しいのですが雰囲気のある建物。旅館だそうです。浅草界隈で遊んだ後に泊まってみたくなります。
昔ながらの町の電気屋さん。
個人的に懐かしい造りの工場を見つけました。祖父母が任されていた製本工場がちょうどこんな造りでした。
手前の階段付きの段差はトラックの荷台に直接荷物を積むためのもの、工場で出来上がった品物を効率よく運ぶ工夫です。
こちら側は工場に直接トラックを入れられる車庫だと思われます。
さて、冒頭でご紹介いたしました『ウルトラマル5』には市川三升—後の9代目市川團十郎が登場します。実在の9代目團十郎は河原崎座に養子に出されていました。作品に登場する頃には河原崎の座元を自ら降りて本流の跡取りに譲り、自らは河原崎三升を名乗っていました。後見人には市川子團次がついておりいずれは9代目團十郎を襲名することは周知でした。しかし作品にもあるようにこの頃の9代目は伸び悩み、「大根」とさえ呼ばれていました。そんな彼は明治に入って「劇聖」と讃えられるまでになります。
本作には既に準レギュラーとして勝海舟と一橋慶喜(後の徳川慶喜=最後の将軍)が登場しています。今後も幕末期の有名人が登場予定とのことで、それぞれがトラマルたちとどう絡んでくるのか、どんな風に作品世界が広がっていくのかが楽しみです。
シリーズ最新作『ウルトラマル5』はこちらからどうぞ。
ところでトラマルの相棒・ケンは薬学を学ぶ青年です。ご存知のとおり東京は変貌を繰り返す街です。先週あった建物が今週には消えている、そんな街です。江戸時代の薬屋街は影も形もありません。江戸の薬の街とは、どこにあったのか?興味深い事です。































