「特撮のDNA」旭川展を鑑賞後旭川駅近くのスーパーで地物を見て周り、陽の高いうちから名店の焼き鳥を楽しんだ…までは良かったがそこで何か粗相をしたらしくちょっと気になる扱いを受け、戻った宿の大浴場で失態を犯して更に落ち込んだ私は部屋に戻りベッドの上に大の字になって天井を見ていた。体調も今ひとつ、悔恨と反省でしばらく動けずにいた。
カーテンの隙間から杏子色の光が差している。
綺麗だな、と頭の隅で思った。その光が早足で暗くなっていく。急に勿体無い気持ちになった。天井を眺めるくらいなら外に出よう。明日には帰らねばならないのだ。
DNA展で買い込んだTシャツに着替えて
飛び出すように宿を出た。
(つまり呑みに出た、体調が良くないのに。この執念。)
昨夜のジンギスカン料理屋が頭を掠めるが、残念ながら胃袋の空きに自信がなかった。1度の旅で2度、同じ店に行こうかと思ったことはほとんどない。
途中で見つけた奇妙なショーウィンドウ。体調が万全であればブラブラ歩いてこのような店をもっと見つけられたことだろう。
買物公園も着々と準備が進んでいる。
持ち込まれた巨大なジェネレーターや
テントの固定・飛散防止用の金属ブロックなど相当な規模の催しが行われるようだ。
翌日分かったのだが、毎年「あさひかわ食べマルシェ」というイベントが行われているのだそうだ。この年は私が訪れていたその週末からの開催だった。調べていれば一週待って最終日である月曜日に当てたことだろう(ただ、少食なのでどこまで楽しめるかは分からない)。
体調のせいかやはりあまり食欲が湧かない。昨夜同様買物公園を中心にフラフラと歩いて回る。デコボコの道路、タイルのはげた歩道、無人化した建物…そんな中、こんな光景に出会った。
建築中の一角。透けて見えるデザインが興味深い。
こちらも建築中。木造の美しさ、深雪に耐える技術に思いを馳せる。
さてそこそこ歩いた。相変わらず食欲は湧かないが喉は渇いた。
そんなとき目に入ったこんな場所。
常設屋台村、といったところか。
ちゃんとした建屋にプレハブ、テントが入り混じる。売り物はビール、ワイン、日本酒、つまみも中々豊富だ。この中ではしごも面白そうだ。
中の一軒に入った。青年と2人の若い女性の3人の店員が迎えてくれる。屋内はビールサーバーと簡単なフードサービスしかなく、購入した物を屋外のテーブルで飲食するスタイルだ。
ピルスナーを頼んだら売り切れだという。スーパードライも完売、クラフトのエールしかないという。渇いた喉にはちょっと重いが仕方がない。1杯¥1.000-、まあ場所柄を考えればそんなものか。支払おうとすると片方の女性が奥へ行って戻って来て、今度は「申し訳ありませんが今はキャッシュレス対応しかできません」と言う。奥で何を確認したのだろう?キャッシュレスではなく「今は」現金が使えないというのも不思議だ。
よくは分からないが仕方なくカードを切る。旅先ではカードは使わない。突発的な買物などもある程度は見越して予算に組み込むからだ。カードは文字通り最後の切り札だ。
透明プラのコップに注いだビールを受け取り手近のテーブルに着いた。
ウインナーを焼く匂いが漂ってくる。それを肴にエールを空けてゆく。ボディと苦味の強いエールだ。
2件目は数種の地ビールを飲ませてくれる店。
客は私ひとり。適当なテーブルにつく。
まずはピルスナーから。この店はちゃんと厚手のグラスで提供される。
んー!これが呑みたかった!苦味は控えめ、鮮やかなキレ。店長と思しき中年の男性が嬉しそうにこちらを見ている。きっとそういう顔で呑んでいたのだろう。
声をかけて、次の一杯の相談に乗ってもらった。
少し軽めの飲み口をリクエスト、「萌芽」という銘柄を勧められた。小麦麦芽の淡麗なビール、フルーティーな香りが残る。
続いて「ケラ・ピルカ」、アイヌ語で「美しい」という意味だそうだ。琥珀色のビール、やや太めで甘みが強い。口に残るフルーティーさは「萌芽」を上回る。椅子に掛け直し居住まいを正す、これはじっくり呑むビールだ。
男性はやはり店長だった。工場直送のビールを出しているという。
「工場はどちらに?」
「近いですよ。駅から歩いて15、6分です。」
ふと思い出した、バスからの車窓。
「煉瓦造りの建物ですか?」
「そう!それです。」
「見学とかできますか?」
「予約していただければ。レストランもやっていますよ」
聞けば国産ビールメーカーのほとんどが原料の大麦を輸入している中、こちらは北海道産の麦、旭川産の米のみを使用、しかも精麦まで自前で行っているという。
「ウチはいわゆるクラフトビールの先駆けです。今は全国にビール工房がありますがみな規模が小さく原料の多くを輸入に、精麦などの工程も他所にやってもらってビールを作っておられる。しかし本来のクラフトビールとは地場の原料を使い地元の綺麗な水を使って、自分たちの手で作るものです。そこにはこだわりたいし、こだわって作っています。『クラフトビール』という言葉が一人歩きをしている今こそ、ウチは敢えて『地ビール』と言いたい…」
胸を張って熱く、でも静かに語る店長の話は心地良い誇り高さを伝えてくる。真に「ケラ・ピルカ」である。
最後にピルスナーをもう一杯、店長はオーダーを受けながらもう一種あるがピルスナーと方向性が似ているので今ここには持ち込んでいない、と教えてくれた。
「お土産物屋さんで販売しているのでよろしかったらお試しください」
そう言って店内に戻ってゆく。背中からもプライドが溢れている。
こんな格好良い会社員、見たことない。
運ばれてきたピルスナーを空けた。ジョッキは3口だがここのグラスなら2口だ。戻ってきた店長が
「おお!速ッ!」
と声を上げた。
そりゃこんな良いピルスナー、だらだら呑んじゃあ失礼じゃないですか…。
勘定を済ませて店の皆さんに美味しかったです、と大きな声で告げて気持ちの良い挨拶に包まれて店を後にした。
屋台村の敷地を出るときにこれが目に入った。
志とチャンスはどちらが卵かどちらが親鳥か。私が若く野心家であったならこれはチャンスだったかも知れない。
どちらでもいい。どっちも良い。
古いインフラが廃れる一方で立ち上がる新しい建築。荒れた地面でもそれを足場に街を挙げて催されるイベント。チャンスの場を設け野心に火をつけ後押しを試みる場所。店員、タクシー運転手、施設の公務員、宿の従業員、地元企業の社員—出会った人々。
この街は黎明に潜む美しいけもののようだ。腕を臥して力を溜め、来たるべき跳躍の時を待っている。
旭川は前を、ずっと前の明るい光景を見つめている。
満たされた私は宿に戻り、フロントで宅配便の元請け伝票をもらって部屋に戻り記入して、自宅へ送るバッグの荷造りをした。寝付きに読む雑誌も荷に入れてしまった。そして手元のランプだけ残して部屋の電気を消し、ベッドに横になった。明日のフライトと空港までのバスの運行表をスマホで確認してからアラームをかけ、風邪薬を飲んで手元のランプを消した。
ゆっくり休もう、明日は最終日だ。















