ザイン・クリエイティブセンター神戸KIITO(神戸市中央区)にて開催された『加川広重 巨大絵画が繋ぐ東北と神戸2015』を訪れました。


 この催しは、東日本大震災で被災した仙台市在住の画家・加川広重さんが描いた巨大絵画を、同じ被災地である東北と神戸で展示することにより、神戸市民をはじめ、震災を体験した人々がまざまざと当時の記憶を呼び起こすというものです。

この作品に出会うことで、より多くの人々が、今、被災地で困難な状況にある人たちへの思いを真剣に共有できる場を創り出すことを目的として開催されました。

 プロジェクト3回目となる今回は、第3作目「フクシマ」を展示し福島の復興を中心に東北の「今と明日へ」をテーマとした、シンポジウム、コンサート、映画上映など多彩なプログラムを展開していました。

作品「フクシマ」について

 加川広重さんは、2013年の秋、原発事故の影響で居住が制限されている福島県大熊町、富岡町、浪江町を訪れ、2年半もの間人が住んでいない町、荒れ果てた田畑、津波の被害が全くそのままの状況などを見ました。

宮城、岩手で震災の被害を見てきましたが、全く異質で、不気味な問題が解決しないまま存在していることを肌で感じたそうです。

福島で取材を行い、現地の方のお話しを伺う内に、なんとか福島の皆さんの怒りや悲しみ、そして汚染された大地や水、自然の怒りのようなものを表現したいと思うようになり、この作品のイメージが出来上がったそうです。

 巨大絵画「フクシマ」(縦5.4m、横16.4m)は、福島第一原発の建物をモチーフに、多様なイメージを組み合わせています。

建屋内部に福島の汚染された土や水のイメージ、人が住まなくなり雑草が生い茂っている様子、牛、イノブタなどが描かれることで、福島が遭遇している悲しみを総合的に描かれてます。

加川広重氏のプロフィール
 1976年宮城県蔵王町生まれ。2001年武蔵野美術大学油絵科卒業。
 2003年より大画面の水彩画の制作を始め、せんだいメディアテークなどで「加川広重巨大水彩展」を計13回開催。2009年に仙台天文台で巨大な星座図を発表。

 2012年の改訂された宮城県造形連盟著「美術資料集」に作品掲載。震災後は2011年6月にチャリティー作品展を開催し、売上金全額約23万円を寄付。2012年1月に「雪に包まれる被災地」を発表。2012年8月には、同絵画を背景に様々なアーティストが地震への思いを表現するイベント「かさねがさねの思い」を主催。

 2013年3月と2014年には神戸で巨大画を展示。2014年8月に「第13回加川広重巨大水彩画展 巨大画で描かれる『フクシマ』」をせんだいメディアテークで開催。平成24年度宮城県芸術選奨新人賞受賞。

オープニング
①「A SONG FOR JAPAN」プロジェクト in KIITO
 (トロンボーンアンサンブル)

 東日本大震災後すぐに海外の日本人トロンボーン奏者たち、および日本人メンバーを含み日本とゆかりのある海外のトロンボーン・グループが協力して立ち上げる。


 ベルギーのオーケストラのトロンボーン奏者のスティーブン・フェルヘルスト氏が「A SONG FOR JAPAN」を作曲し、著作権フリー、アレンジフリー、日本と東北のために演奏を捧げています。

 東日本大震災の被災者の人々が元の平和な生活が送れるまで、世界中からエールを送り続けるプロジェクトとしてYouTubeにアップして活動を広げています。


 トロンボ二ストが、音魂を込めて被災地への祈りの歌を巨大絵画と共に奏で、オープニングにふさわしい演奏となりました。合掌。


②藤野実行委員長のあいさつ


―『まもなく阪神淡路大震災から20年、東日本大震災から丸4年を迎えようとしています。私どもの加川プロジェクトは、東北の文化的復興を支援する市民活動の中から誕生しました。


 3.11のカタストロフィと向かい合った加川さんの巨大絵画から、一つの綜合芸術のプロジェクトが生まれました。今回はその3回目、神戸では多分、締めくくりのプロジェクトとなるでしょう。


 いま私たちは「フクシマ」の現実と向かい合っています。このKIITOの大空間の中で、宮本さんの「福島第一原発神社」が加川さんの「フクシマ」と出会い、対話を始めています。いずれもメッセージ性の強い問題作です。日本と世界の50年後を真摯に問いかける強烈な作品です。


 私たちは居心地の悪い空間で、不気味な出来事に出会っているのかもしれません。しかし私たちは、しっかりと目を覚ましています。先端的な芸術表現と対話できる自由を、しっかりと噛み締めています。


 神戸市、兵庫県の寛大さに深く感謝いたします。そして、このプロジェクトを物心両面から支えてくださっている多くの企業・市民、ボランティアスタッフに、心から御礼申し上げます。


 加川さんの「フクシマ」、それは私にはキリストの磔刑図のように見えます。原子炉を匿っていた建屋が破砕し、そこから出現した壮絶な光景。それはイエスが十字架に架けられたゴルゴタの丘のようです。


 しかしこの十字架にはイエスの肉体がない。私たちは原子力を神のように崇拝して高度経済成長の恩恵に浴してきました。しかし、その結末はどうだったか。メルトダウンから出現してきたのはキリスト不在の十字架だったのです。


 ここに復活の予告、救済の約束は見いだせるでしょうか。同じく放射能汚染の実態も目に見えないもの、つまり透明であるだけに、私たちの先行きは一層不透明なのです。


 だからこそ私たちは、アートを通して問い続けなければならない。というのもアートは、ともに生きるための技法なのだから。アートやアルスやクンストは、つい200年前までは技術一般を意味していました。


 しかし急速な近代化、産業化によって、よりよく生きるための技法は、科学技術だけに偏ってしまった。そして先進国日本において、メルトダウンによって科学技術の神話は崩壊したのです。


 しかし私たちにはまだ希望があります。もう一つの技術、つまり芸術が、テクノロジーへの呪縛から、私たちの意識を解放してくれるという希望です。


 加川さんの「フクシマ」は、その意味で人類への福音なのです。ここから私たちは、技術との自由な関係を取り戻すことができる。そして日本と世界の50年後に向けて、その新しい価値を発信できるのではないでしょうか。


 これから10日間にわたって、このKIITOを舞台に様々なパフォーマンスと対話が繰り広げられます。


 それぞれかけがえのない美的表現が、そして自由な討議が、人間と技術との自由な関係を先取りする綜合芸術へと高まっていくでしょう。私たちの誰もがそれに参加したいと思います。加川さん、ありがとう。』―


③加川広重さんのあいさつと作品紹介


―『“フクシマ”は水素爆発で破壊された原子炉建屋の中に、汚染された大地や水のイメージ、汚染の袋、牛やイノブタなどを組み合わせて描き、この事故が起こした様々悲劇を一枚の絵の中で表現しようとした作品です。


 巨大画が福島の疑似空間を神戸に作りだしました。震災から20年を迎える神戸で、2つの震災を同時に感じることができる特別な場となるはずです。


 会期中に行われる多彩な企画は更に様々な感情を刺激し、そして問題を提起することと思います。』―


④「出来事から」(舞踏)
出演:森繁哉 松村知紗

【森繁哉】
1947年、山形県生まれ。東北芸術工学科大学東北文化研究センター教授、同大こども芸術大学副学長を経て、ダンス工房「坐座」代表。

 山形県大蔵村を拠点に、舞踊・芸術活動を展開。著書・共同著書に『踊る日記』『東北からの思考』『温泉からの思考』『雪國の雪しぜん観の復興 地揺集』『生命と舞踊 森繁哉・ダンスへの追跡』『物語と舞踏 森繁哉・道路劇場の記録』など

【松村知紗】
舞踊団「坐座」所属。歌と踊りを組み合わせた演目で活動。

 天災が降り注ぐような嵐、地鳴り、雷等の恐怖音が流れる中、圧倒的な迫力のある巨大絵画の前に現れた舞踏家森繁哉さん(舞踏・太鼓)と村松知紗さん(歌・踊)が上手に下座を取る。神を呼び起こすような「のりと」...

 そして演奏・・・。巨大絵画と舞踏がコラボし、被災を受け傷つきのたうち回る被災者を実演する森繁哉さん。徐々に恐怖音が讃美歌音に変化しながら終息を迎える...

 そして、松村知紗さんの透き通った、童歌にも似た音魂が聳え立つ巨大絵画に浸透していく...

 強烈な巨大絵画と舞踏魂の融合から新たな総合芸術が生まれ、被災地の現実を深く、重く受け止める機会となりました。

⑤「ボレロ」(バレエ)
出演:貞松・浜田バレエ団

【貞松・浜田バレエ団】
 1965年(昭和40年)3月に結成され今年で創立50周年を迎えた。現在までの公演回数は1,000回を超え、特に兵庫県下を≪県民芸術劇場≫として一般公演・学校公演と700回を超える活動をしている。

 また、他府県への学校巡回公演も行っている。「兵庫県文化賞」「神戸市文化賞」「文化庁芸術祭大賞」「文化庁長官表彰」、貞松正一郎、上村未香「第3回KOBE ART AWARD大賞」他、多数。

 フランスの作曲家ラヴェルのこの作品は、単調なメロディーの繰り返しでありながら、とても魅力的に「小」から「多」へ。音量と楽器が増していきます。

 それに合わせて踊も1人から3人、4人、9人へと人数を増やしていきます。最後には舞台全体に広がり、そのエネルギーは終結していきます。

 ボレロの音楽に緻密な振付がなされ、錬度の高い踊り手たちの演技は、美しく、圧倒されました。

 これだけの力と実績をもったバレエ団が、自発的に地域や学校へ出向いてバレエの普及、そして、観客の拡大に地道に努力していることは素晴らしいと感じました。

⑥「ライフ」(ダンス)
出演:Ensemble アンサンブル・ゾネ

【Ensemble アンサンブル・ゾネ】
1993年設立。神戸を拠点に活動するダンスカンパニー。ヨーロッパのダンスメソットに基づく日常訓練を行いながら、現代に生きる私たちの共通の身体を通して、人間の実存を問う作品づくりを継続している。

 神戸で創作初演、首都圏他都市に巡演するスタイルで、毎年新作を発表。代表作に「Wey in the Dark」(2002)「Still Moving」(2008)「Passive Silence 」(2013)振付家岡登志子が主宰

 全体的には個性的でありながら、厚く重たい感じでもなく、透明感を感じました。「いいたてミュージアム」までいの未来へのトークと時間が重なり、最後まで鑑賞できなくて残念でした。

⑦「いいだてミュージアム」までいの未来へ 記憶と物語プロジェクト トーク

お話し:菅野宗夫(飯館村農業委員会会長)・菅原美智子(いいたてまでいの会事務局長)

 菅野さんが飯館村が置かれている現実を震災から時系列に纏めて、丁寧に紹介があり、地震、津波、原発事故、放射能からの避難、帰りたくても帰れない現状を話してくれました。

 また、菅原さんから、「いいだてミュージアム」の記憶保存の活動について紹介がありました。被災者の皆さんが、自ら立ち上がり見えない放射能汚染と戦っている姿に感銘を受けました。

 被災から3年10ヶ月、福島県は震災直接死よりも関連死が増えています。

 阪神淡路大震災では、1年半が過ぎたら報道、ボランティアが来なくなり、孤独死という悲惨な事態が起きました。悲しいことに、その教訓を生かすことなく、東日本大震災も同じ事態になっています。

 まだ復旧、復興の目途が立たない現況を踏まえ、今後とも文化芸術の力を活用して、心の復興を推進することが最も重要であることを再認識しました。

⑧森口ゆたか 光のインスタレーション「光の刻」作家トーク
語り手:森口ゆたか 聞き手:島田誠

【森口ゆたか】
美術家、NPO法人アーツプロジェクト理事長、京都造形大学客員教授。1980年半ばより関西を中心とする各地の画廊や美術館で作品を発表する。2011年には徳島県立美術館にて個展「森口ゆたかあなたの心に手をさしのべて」が開催された。

 美術家としての活動の一方で、1988年にイギリスで出会ったホスピタリルアートを日本に紹介し、NPO法人を立ち上げ、メンバーと共にこれまでに数十ヵ所の病院のホスピタルアートを手がける。

 また大学でも「芸術と社会」の観点からホスピタルアートの授業に取り組む。

『光のインスタレーション「光の刻」』
 暗闇から裸電球の光が徐々射して、母と子の二つの手が浮かび上がってくる...そこに、母の愛言葉が数秒刻みで浮かび上がってくる...

 「育てる」「見守る」「伝える」「愛する」「分かれる」「抱きしめる」「のこす」「うまれる」「見守る」「慈しむ」「伝える」「支える」「ゆるす」「うまれる」「育てる」「のこす」...そして徐々に電球の光が暗くなり、母と子の手が見えなくなる。

 作品に現れる手は、母となった森口さんの友人とその彼女の4ヶ月になる赤ん坊の手です。

 まさに触れ合わんとする大小の二つの手は、その前に垂らされた裸電球の点滅によって、ゆっくり立ち現われては消えることを繰り返しました。

 母を亡くし喪失感の只中にいた森口さんを唯一救ってくれたのが、友人の子どもの誕生です。そこに「命の連鎖」を見たといいます。

 母という個人は亡くなったが、また新しい命が芽生えた。命そのものは決して途切れることなく連綿と続いてゆくことを感じて作品にしたそうです。

 「いのち」のリレーがシンプルに上映され、他界して悲しい日々...そして友人の子どもが生まれた...いのちの誕生に寄せる祝福と愛情がストレートに心に届きました。

 夜は、藤野実行委員長とプロデューサーの島田誠さんと一献して、事業への思いや裏話などを酒の肴に情報交換をさせて戴きました。感謝です。



 




 

オープニング


①「A SONG FOR JAPAN」プロジェクト in KIITO
 (トロンボーンアンサンブル)




 東日本大震災後すぐに海外の日本人トロンボーン奏者たち、および日本人メンバーを含み日本とゆかりのある海外のトロンボーン・グループが協力して立ち上げる。ベルギーのオーケストラのトロンボーン奏者のスティーブン・フェルヘルスト氏が「A SONG FOR JAPAN」を作曲し、著作権フリー、アレンジフリー、日本と東北のために演奏を捧げています。東日本大震災の被災者の人々が元の平和な生活が送れるまで、世界中からエールを送り続けるプロジェクトとしてYouTubeにアップして

トロンボーンは、和音にとても重厚感(木管にはない和音の深み)があり、音色と曲にハートがこもっていて感動し涙が溢れてきました。トロンボ二ストが、音魂を込めて被災地への祈りの歌を巨大絵画と共に奏で、オープニングにふさわしい演奏となりました。合掌。

 

②藤野実行委員長のあいさつ


―『まもなく阪神淡路大震災から20年、東日本大震災から丸4年を迎えようとしています。私どもの加川プロジェクトは、東北の文化的復興を支援する市民活動の中から誕生しました。3.11のカタストロフィと向かい合った加川さんの巨大絵画から、一つの綜合芸術のプロジェクトが生まれました。今回はその3回目、神戸では多分、締めくくりのプロジェクトとなるでしょう。
 いま私たちは「フクシマ」の現実と向かい合っています。このKIITOの大空間の中で、宮本さんの「福島第一原発神社」が加川さんの「フクシマ」と出会い、対話を始めています。いずれもメッセージ性の強い問題作です。日本と世界の50年後を真摯に問いかける強烈な作品です。私たちは居心地の悪い空間で、不気味な出来事に出会っているのかもしれません。しかし私たちは、しっかりと目を覚ましています。先端的な芸術表現と対話できる自由を、しっかりと噛み締めています。神戸市、兵庫県の寛大さに深く感謝いたします。そして、このプロジェクトを物心両面から支えてくださっている多くの企業・市民、ボランティアスタッフに、心から御礼申し上げます。

 加川さんの「フクシマ」、それは私にはキリストの磔刑図のように見えます。原子炉を匿っていた建屋が破砕し、そこから出現した壮絶な光景。それはイエスが十字架に架けられたゴルゴタの丘のようです。しかしこの十字架にはイエスの肉体がない。私たちは原子力を神のように崇拝して高度経済成長の恩恵に浴してきました。しかし、その結末はどうだったか。メルトダウンから出現してきたのはキリスト不在の十字架だったのです。ここに復活の予告、救済の約束は見いだせるでしょうか。同じく放射能汚染の実態も目に見えないもの、つまり透明であるだけに、私たちの先行きは一層不透明なのです。

 だからこそ私たちは、アートを通して問い続けなければならない。というのもアートは、ともに生きるための技法なのだから。アートやアルスやクンストは、つい200年前までは技術一般を意味していました。しかし急速な近代化、産業化によって、よりよく生きるための技法は、科学技術だけに偏ってしまった。そして先進国日本において、メルトダウンによって科学技術の神話は崩壊したのです。

 しかし私たちにはまだ希望があります。もう一つの技術、つまり芸術が、テクノロジーへの呪縛から、私たちの意識を解放してくれるという希望です。加川さんの「フクシマ」は、その意味で人類への福音なのです。ここから私たちは、技術との自由な関係を取り戻すことができる。そして日本と世界の50年後に向けて、その新しい価値を発信できるのではないでしょうか。

 これから10日間にわたって、このKIITOを舞台に様々なパフォーマンスと対話が繰り広げられます。それぞれかけがえのない美的表現が、そして自由な討議が、人間と技術との自由な関係を先取りする綜合芸術へと高まっていくでしょう。私たちの誰もがそれに参加したいと思います。加川さん、ありがとう。』―

 

③加川広重さんのあいさつと作品紹介


―『“フクシマ”は水素爆発で破壊された原子炉建屋の中に、汚染された大地や水のイメージ、汚染の袋、牛やイノブタなどを組み合わせて描き、この事故が起こした様々悲劇を一枚の絵の中で表現しようとした作品です。巨大画が福島の疑似空間を神戸に作りだしました。震災から20年を迎える神戸で、2つの震災を同時に感じることができる特別な場となるはずです。会期中に行われる多彩な企画は更に様々な感情を刺激し、そして問題を提起することと思います。』―