心を感じる。


そんなことをして、何の意味があるのだろう?

ずっとそう思っていました。




知ったからといって

目の前の問題は解決しない。


何かができるようになる訳でもない。



でも、「心を感じる」ことで

わかることがあります。



「知る」のではなく「わかる」ことです。





私たちの体には

感情が溜まっています。



(正確には、脳の中の記憶に紐づいた感情ですが)


記憶というと

その時の場面を思い浮かべるので

映像だけしか意識では認識できませんが


実際には

喜びや悲しみ、怖れといった

感情も紐づいています。


そんな『記憶』が

無意識には

たくさんあります。



その記憶へとアクセスするには

感情を感じることです。



怒りのエネルギーが

一番わかりやすいと思いますが


怒ると体に感じる衝動があります。


あれが、感情のエネルギーです。



感情を感じることは

体の中にあるエネルギーを感じることです。


エネルギーを感じると


自分の抱えていた

罪悪感や怖れの大きさに驚きます。




本を読んで

どれだけサバンナが壮大かを

知っていても


実際に体験するから

「わかる」ことがあるように


エネルギーを感じると


自分の抱えていた

罪悪感や怖れの大きさに驚きます。




頭で「知る」ことが必要なプロセスもあります。


自分の中に罪悪感があること。

怖れがあること。


人は、知っているものしか認識できません。


「知る」

そして、「感じる」があります。



「知る」ことは

顕在意識で起きているので

潜在意識にある記憶は変わりません。


もぐら叩きと同じです。



「感じる」ことでわかることがあります。


自分の本音です。


感じることの中には

心の声があります。



そのエネルギーを感じて何を思うか?

自分の本音に触れて

どうしたいと思うのか?



こんなにも大きなエネルギーを

抱えて生きていたのかと知ったとき

私は、選択が変わりました。