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豊田電車区(東トタ) -Next Generation-

中央線沿線民が気分・ノリ・テンションで更新していくブログです。
主に鉄道模型・旅行を中心に記事を投稿していきます。

こんばんは、渋谷くずはです。
気が付けば7月が終わり、8月になろうとしています。
こんな夏には涼しげな南半球と洒落込みたい所ですが、予算も時間もありませんので南半球へ赴くのはかなり先になりそうです…。

8月といえば、年に2回東京ビッグサイトが熱気に包まれる月ですね。
今年は山の日が出来た事で、カレンダー的に丁度3連休になった所で開催するそうで。
毎年恒例行事とはいえ、よく死者が出ないもんだなと思ってしまいます。
あくまで死者が出てないだけで、熱中症で倒れて緊急搬送等は割とよくありますが…。

私ですか?
初日は仕事、2日目と3日目は埼玉県の某所に居るので行きません。。。
ただ、毎回恒例のとある物のウォッチングには、時間があれば行こうかなと考えています。

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さて、今回はタイトル通りEF81 95号機の整備を行っていきます。
今月上旬の運転会に間に合わせるべく、急遽入線したレインボー塗装のEF81 95号機。
TOMIX製で、側面明かり窓にEF81のロゴ塗装が入っていないタイプになります。
2003年~2009年頃は明かり窓に塗装が入っていたので、この時期以外の姿ですね。

走らせる為の最低限の整備以外は何もしていなかったので、少し弄りたいと思います。
パーツが色々と不足していたので、秋葉原で調達してから整備を始めました。
おい、95号機の隣に写ってるやつは何だ

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……まずは、列車無線アンテナの搭載から。
これはJR化後の車両で散々やった作業ですので、5分もかからずに終了。

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次はカプラー交換です。
走らせる際はとりあえずの応急処置として付属のTNカプラーに交換しましたが、このままですと客車との連結間隔が広いので、別のTNカプラーに交換します。

TNカプラーは製品に付属している下の物(#JC61)から別売りの上の物(#JC6351)に交換。
交換する事で連結面の間隔が短くなり、より実車に近くなります。

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こちらが製品付属のTNカプラーを付けた状態。

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こちらが別売りの物に交換した後。
カプラーの長さが短くなったのがお分かり頂けると思います。

また、DX編成を牽引させる事も考えて、1エンド側はKATOナックルカプラーにします。
アーノルドカプラーを犠牲にして、小加工したKATOの#Z01-224を取り付けます。
TOMIXカマにKATOカプラーを付ける際は鉄板の品ですね。
取り付けが終わった所で、実際に連結テストをしてみます。

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まずは機関車同士で。お相手は双頭連結器装備の死神ことEF64 1031号機。
実車同様、当区でも客車牽引から電車の回送まで幅広く活躍しています。
今の所、実際に牽引していたであろう客車は、両方とも当区には居ませんが(汗)
実際に動力が強調するかはさておき、連結は問題無さそうですね。

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続いて北斗星のカニ・オハネフと。
こちらも問題無さそうです。
95号機は北斗星下り初列車の牽引機ですので、SERよりも青い客車の方がしっくりきますね。

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おまけで同じように片エンドをKATOナックルカプラーに変えたTOMIXのカマと。
連結器の高さ自体は問題無さそうですね。

後日、実際に客車を牽引させるべく何処かへ走らせに行きたいと思います。
本当は誘導員手すりへの色差しも行う予定でしたが、パーツが足りずに今回行えなかったホース類の設置と同時にやりたいと思います。
パーツ調達の後、この下の部分に追記する形を予定しています。

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最後に田端の区名札を付けて一先ず完成です。
レボリューションファクトリーの#4134を使用しました。
かなり適当につけましたが、遠目から見るとあまり分からないので良しとします(オイ

ちょっとイマイチだった95号機も、少し格好良くなりましたね。
片エンドをKATOカプラーに交換した事で、KATO製客車も牽引出来るようになりました。
当区では北斗星牽引以外の使用は考えていないので、両エンドにHMを装着しています。
安中貨物? 仮にやるとしても無難に星釜になると思います。エルムは気が向けば…

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ついでに、先日導入した北斗星北海道編成にも小加工を。
最近のTOMIX製の客車と違って、寝台車の梯子が表現されていません。
ですので梯子を表現するべく、銀河モデルの#N-853を使用しました。
レボリューションファクトリーの#4134と共に秋葉原某店で最後の品でしたが、店員さんもラストだと言う事に気付かず、5分ほど捜索して頂きました……。

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貼り付けて完成。梯子の存在感は大窓ですとより際立ちますね。
北海道編成は開放Bに当たる車両が2両のみですので、梯子も少なくて楽です。
Bコンパートメントとは言え、個人利用であれば開放Bと変わりなかった訳ですし。

内装工事は、エヌ小屋のシートが入手出来て時間があれば取り掛かりたいと思います。
室内灯を組み込む予定は無いので、予算的にもかなり後回しになっているので果たして施行開始はいつになる事やら……。

当区の北斗星は青森までは運行出来ますが、ED79とDD51が在籍していないので青函トンネルを越えて北海道入りする事が出来ません(汗)
早く全区間運行出来るようにカマを入線させないといけませんね。

それではこの辺りで失礼します。
お付き合い頂きありがとうございました。
こんばんは、渋谷くずはです。
新規入線の予算編成と平行して、既存の所属車両の整備の為の予算編成も行っていますが、やはり何事にも費用がかかりますね……。
運転会の度に整備しなくては、と思うのですがどうしても後回しになってしまいます。


さて、今回から不定期のシリーズ物としてキハ183系とかちの再現を目指していきます。
キハ183系に興味の無い方にはつまらない記事になってしまうかと思いますが、少しでも興味を持って頂けるように書いていきます。
書いている途中に3回ほど内容が消し飛んでいるのは内緒です

今回は第1回目として編成考察です。
が、その前にとかちの簡単な歴史を…。

とかちは1990年9月に札幌~釧路を結んでいた特急おおぞらのうち、帯広発着の列車を独立させる上で新たに愛称が付けられて誕生しました。
ダイヤ改正以前は滝川・旭川~帯広の快速列車の愛称で、更に遡ると滝川経由で札幌と帯広を結ぶ急行列車の愛称でした。
両列車はいずれも漢字の十勝が愛称名となっており、平仮名のとかちは特急になってから初めてお目見えしています。

翌年には2階建てのキサロハ182形が登場し、暖色系の塗装に塗り替えられてリゾート特急スーパーとかちに愛称が変わります。
その後、1997年にキサロハ182形を連結しない列車が復活し、ここでスーパーの付かないとかちの愛称が復活。
2000年にはキハ283系を使用する列車をスーパーとかちとした事で、キハ183系を使用する列車は使用車両に関係なく全てとかちの愛称になります。

しばらくは何事も無く推移しますが、2007年にキハ261系1000番台がスーパーとかちに投入された事で、使用車両が120km/h運転に対応した車両に統一。
しかしそれも長くは続かず、キハ261系1000番台が増備された2009年10月のダイヤ改正でキハ183系はとかちから撤退し、道東方面の運用に終止符を打っています。

今でこそ札幌発着の石勝線特急としてスーパーおおぞら・スーパーとかちの二枚看板となっていますが、特急としてのとかちは割と新しい部類になります。
とかちの運転開始から19年間に渡って見られたキハ183系による運用は、その途中に様々な変遷がありました。

様々な変遷を経ている特急とかちのうち、模型で製品化されていない編成を組んでみようと言う半分以上突発的な思いつきのシリーズです。

キハ183系沼にどっぷりと浸かっている私ですが、とかちは変遷が多い上に製品化されていない車両やゲテモノの珍車が多く、本格的には手を出せていませんでした。
模型業を再開してからもしばらくは見送っていましたが、余剰車の解消と今後の増備を見据えて重い腰を上げる事にしました。


※※注意※※
以降はキハ183系をある程度知っている方向けの説明が多くなります。
簡単な用語集も置いておきますが、wikipediaや詳しい専門のサイトを見て頂いた方が分かりやすいと思いますので、あくまで参考程度にしておいて頂ければ幸いです。

0番台:キハ183系の初期製造グループ。高運転台のスラントノーズ車、先頭車化改造車のキハ183-100ことボウズ等が該当。
500番台:国鉄末期に登場したグループで、N183系とも呼ばれる。嘗てサロベツや北斗4・19号で使用されていた車両が該当。
550番台:JR化後に登場したグループで、NN183系とも呼ばれる。元130km/h運転対応の北斗用の車両等が該当。

新特急色:白色の車体に赤とオレンジのライン。国鉄末期に登場。
とかち色:窓周りが茶色で帯が紫と緑色。現存するスラントノーズ車と0番台中間車は旭山動物園号用の車両を除いて全てこの塗装。
HET色:窓周りが黒色で帯が青と緑色。現存する車両の過半数はこの塗装。


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この画像を例に挙げて、左から順番に説明しますと……。

・HET色NN先頭の最末期おおぞら
・白ボウズ先頭の夜行オホーツク
・新特急色N先頭の国鉄最末期のおおぞら
・HET色NN先頭の現行オホーツク
・青ボウズ先頭の臨時まりも

となります。
イメージは掴めましたでしょうか?

さて。ここからは編成の説明に移ります。
とかちの歴代編成はかなり大雑把にまとめると、4つに分類出来ます。

①:運転開始直後の一部がNNの中間車の新特急色編成(90~91年)
②:キサロハ182とNNの中間車を組み込んだ、スーパーとかち編成(91~00年)
③:0番台と500番台以降の車両の混成編成(97~07年)
④:0番台が撤退し、500番台以降の車両で統一された編成(07~09年)

このうち①が#92973、②が#92791の品番でTOMIXから既に製品化されています。
また、この4つのうち①以外の3つから更に派生した亜種が存在します。

②-1:中間車1両と先頭車が200番台となった、出力増強後のスーパーとかち編成
③-1:両端がN・NNで中間は全車0番台の札幌区のとかち色編成
③-2:オホーツク車を中心にHET色車両も混ざった札幌区の混色編成
③-3:おおぞらと共通運用になった、キサロハ182組み込みの釧路区の混色編成
③-4:おおぞら運用終了後、札幌区と釧路区の混成となった混色編成

今回は上記のうち、③-4の編成を再現していきたいと思います。
この頃のとかちは釧路区と札幌区が受け持っていましたが、釧路区とは回送ではなく定期列車のまりもを使って車両のやり取りをしていました。

簡略化すると、

釧路~(まりも)~札幌~(とかち)~帯広~(とかち)~札幌~(まりも)~釧路

このような感じになります。(実際の運用とは異なります)
おおぞらがキハ283系に置き換えられた後もキハ183系が釧路区に所属していたのは、釧路発着のまりも運用が残っていたからと言う理由があったそうです。


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さて、この頃の所定編成ですが上記の通りとなります。
TOMIX公式の編成表を切り貼りして、それっぽくしてみました。

当時のとかちは指定席と自由席が2両ずつ、その間にグリーン車を挟む5両編成が所定編成でした。
しかし、この当時は所定編成で運行される事は殆ど無く、高い確率で1両以上中間に増結の車両が連結されていました。
ですので逆にこの編成表の5両編成は、とても珍しい存在だったとも言えます。

とは言え、この頃はJR北海道がまだまだ元気だった時代です。
とかちだけでなく他の特急列車においても所定編成で走る事は少なく、1両以上増結した編成が恒常的に見られました。
この時は北斗系統で最大9両、スーパーおおぞらでは最大10両となり、旺盛な需要に柔軟に対応していた印象が私の中では強いです。
今では減便・減車で当時の面影はありませんが、せめて模型の中ではJR北海道が元気だった頃の編成をこれからも再現していきたい所ですね。

では、所定編成で組成される車両の考察に移ります。
長い文章になりますので、読むのが面倒な方は要点だけ下に大雑把に纏めましたので、そこまでスクロールして流して下さい。

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まずは帯広寄り先頭の1号車から。担当は釧路区。
高運転台のスラントノーズ車が中心ですが、1両のみキハ183-100の青ボウズも居ました。
該当車番はスラントノーズ車が-207~210と-217、青ボウズが-102となります。

これらの車両は2000年からおおぞらの釧路方先頭車として使用されており、おおぞら撤退後も共通運用だったとかちを引き続いて担当しています。
スラントノーズ車は乗降扉側を車販準備室と車掌室に改造した車両の2タイプがあり、釧路区の車両では-207~210が前者。-217のみ後者となっています。

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続いて2号車。こちらは札幌区の担当になります。
この時期のとかちの2号車は、ほぼ元スーパーとかち用のキハ182-200の指定席でした。
キハ182-200は4両のみ所属しており-224~227が該当します。

キハ182-200はスーパーとかちで使用していたキハ182-550を北斗へ転用する際に、懸念された編成の出力不足の問題を解決するべく、4両がキハ182-0から改造されました。
600PS/2000rpmと言う大出力エンジンを搭載し、キハ183系一族の中でも最大出力の660PS/2000rpmを誇るキハ182-550に次ぐパワーを持っていました。
これに両先頭車のキハ183-200と合わせ、スーパーとかち時代は付随車のキサロハ182を連結していても、出力を確保出来ていたと言う訳です。

ただ、当時のとかちは大出力のキハ182-200を連結しなければならないほど、編成の出力が無かった訳ではないので、車両不足時は他の車両で代走していたと考えて良さそうです。

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さて、どんどん行きます。次は3号車。こちらも札幌区の担当です。
こちらはグリーン車となり、ハイデッカーのキロ182-500が3両(-506~508)と平屋のキロ182-9の4両が担当していました。
キロ182-500がHET色、キロ182-9のみとかち色です。

オホーツクBセットで製品化されているキロ182-9ですが、プロトタイプとなった2006年頃はとかち専属でオホーツクには滅多に入っていませんでした。
当時のオホーツクは夜行運用があったので4往復ありながら3運用で回っており、これに対してキロハ182は5両在籍していて十分に予備があった為です。

またキロ182-500のうち、-506と-508はHET色のブルーの部分がとかち色の紫色に近いような色になっており、通称ラベンダー色とも呼ばれていました。
現在、北斗で使用されているような純粋なHET色のキロは、とかちでは-507のみの存在でした。

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4号車。こちらは釧路区の担当です。
所定編成の4号車と5号車は自由席車で、編成が増結された際でも増結車は全て指定席となり、自由席は必ず札幌方2両として固定されていました。
こちらはキハ182-500が4両(-504~506、-513)に、キハ184が1両(-2)の布陣。
キハ184-2のみ電源装置の関係で、後述のキハ183-501と専属的にペアを組んでいました。

車両不足の際には所定の車両以外の車両が入っている事も確認しており、キハ182-0の他に回送運転台を取り付けたキハ182-100が連結されていた事もあります。
いずれも増結車としては頻繁に稼動していましたが、自由席車の位置に入る事は珍しかったそうです。

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最後は5号車。こちらも釧路区の担当です。
キハ183-1550が4両(-1551~1554)とキハ183-500が1両(-501)、そしてキハ183-100が1両(-101)の6両が用意されていました。
帯広方先頭車と同様におおぞらで使用されていた車両が大半で、おおぞら撤退後も引き続いてとかちを担当しています。

キハ183-501のみ、前述のキハ184-2とペアで専属的に運用されていました。
青ボウズことキハ183-101も比較的稼働率は高かったようで、動画や写真を見ていると札幌方先頭車として連結されている場面が多く見られます。

ここまで所定編成で使用される車両の紹介をしてきました。
先に述べたようにとかちの所定編成は5両でしたが、高確率で1両以上増結されていました。
増結は札幌区と釧路区からそれぞれ車両を充当しており、増結の車両数が偶数の場合は札幌区と釧路区の比率が1:1になるように調整されていたようです。

増結車はキハ182-0が大半を占めていましたが釧路区にのみ回送運転台を設置したキハ182-100、札幌区にのみキハ184が在籍していました。
当時の札幌区のキハ184は波動用で臨時列車等が主な活躍の場でしたが、極稀に増結車としてとかちに連結されていた事もあるようです。

これだけ長々と書きましたが、要点だけ大雑把に纏めると……。

・所定編成のうち釧路方2両はとかち色、札幌方2両はHET色でほぼ固定
・帯広方先頭車は青ボウズ1両以外はスラントノーズ車
・札幌方先頭車は貫通型が大半で時々青ボウズ
・グリーン車はハイデッカーのHET色と平屋建てのとかち色キロ9、ただしハイデッカーのうち2両はブルーの部分が紫色のラベンダー色
・増結車は適当に(笑)

と、こんな感じになります。
これだけ書いておけばいいんじゃないか?と言うツッコミは無しでお願いします

さて、使われていた車両を再確認した所で、組成に移りたいと思います。
とは言え実際に編成を組むのは次の記事からで、今回は車番の決定のみです。

当区の余剰車で使えそうな車両をかき集めた結果、以下のような編成になりました。

<帯広

①【釧クシ】:キハ183-208   とかち色
②【札サウ】:キハ182-225   とかち色
③【札サウ】:キロ182-9     とかち色
④【札サウ】:キハ182-21     とかち色
⑤【釧クシ】:キハ182-14     HET色
⑥【釧クシ】:キハ184-2     HET色
⑦【釧クシ】:キハ183-501     HET色

           札幌>

所定編成に2両増結した7両編成です。
グリーン車にキロ9をチョイスしたのは種車の確保しやすさと、キロ182-500にした場合はラベンダー色への塗り替えが必要となるので、その手間を省く為です。
(当区の最末期とかち編成で既にキロ182-507を使用している関係上、どうしてもキロ182-500にする場合はラベンダー色への塗り替えが必要)


キハ184-2+キハ183-501のコンビは、おおぞら用に以前製作したものの色々と状況が二転三転した結果、余剰車となってしまった車両を再利用していきます。
それ以外の車両は主にオホーツク・まりもセットから流用する形で用意します。

まりもセットは製品そのままの臨時編成と、寝台車を2両に増強した定期編成が当区に在籍していますが、臨時編成は短期間しか走らなかったのでバラしてしまいます。
これで新たに3両の余剰車が発生しましたが、青ボウズとキハ182-0は使用予定があるので保留車へ。スハネフ14は利尻の繁忙期増結用に回って貰います。

と言う事で、組成する車両の車番が決まりました。
次回からは種車を用意して、組成に向けての整備を行っていきます。
のんびり進める予定ですので、しばらく先になるとは思いますが……。

それではこの辺りで失礼します。

お付き合頂きましてありがとうございました。

こんばんは、渋谷くずはです。
とある物の締切が迫っており、ここ最近は仕事以外は常にとある物の製作にかかりっきりになっていた関係で、模型業からは一時的に離れていました。

何とか締切には間に合いましたが、学生時代以来の徹夜をする羽目に……。
何事にも余裕を持って行動しましょう。

そんな与太話はさておき。
徹夜翌日の先週の木曜日に家族旅行で軽井沢へ行って来ました。

両親と兄家族三人、姉、妹が久々に揃った総勢8人の大移動です(笑)
なお、私は翌日が仕事でしたので日帰りの強行軍でした……。

その模様を軽くお届けします。

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往路は時間の都合で新幹線を使う事に。北陸新幹線に乗るのは約2年ぶりだったり……。
9:44発のあさま605号に乗車して、軽井沢を目指します。

本当は9:32発のはくたか557号に乗車する予定でしたが、予想以上に混んでいたので1本見送りました。
自由席に8人で乗車するので、なるべく固まって座席を確保したかったと言うのもあります。

しかし、発車案内を見てるとあさま、はやぶさ、はくたか、とき、やまびこ、つばさ…。
国鉄時代には特急列車に付いていた愛称がずらりと並んでいると時代を感じますね(お前何歳だ

私にとって少し想定外だったのが、あさまには車内販売が無い事でした。
新幹線の定番(?)であるシンカンセンスゴクカタイアイススジャータのアイスを食べようと思っていたのですが、次に車内販売のある列車に乗る機会があればリベンジしたいと思います…。

あさま605号は長野まで各駅に停車しますが、軽井沢までは1時間半足らず。
新幹線が開業してから、軽井沢や長野は首都圏から本当に近くなりました。

私の高校の後輩に安中榛名から通学していた猛者が居ましたが、当時は8両編成のE2系で安中榛名の時点で既に自由席がほぼ埋まっていたそうです…。

列車は快調に飛ばし、11時過ぎに軽井沢に到着。
ここからは自由行動となり、義姉・姉・妹・姪は早速ショッピングに。

私は朝から何も食べていなかったのでまず栄養補給と言う事で、軽井沢駅から歩いて直ぐの所にある旦念亭と言う喫茶店に両親・兄と向かいました。

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ここの名物は、クリームが乗ったチョコレートケーキと水出しアイスコーヒー。
1000円近くしますが、市販のケーキとは比べ物にならないほど美味しいです。

10年近く前に来た際に偶然見つけてから、軽井沢に来る度に来店するほどのヘビーユーザーになってしまいました(笑)

ケーキとコーヒー以外にも、このお店には“日本一難しいゲームと”名打ったパズルゲームが各テーブルに置いてあり、無料で遊ぶ事が出来ます。

これがかなり頭を使う上に本当に難しく、私も何十回と挑戦していますが未だにクリアする事が出来ていません……。

気になった方は、軽井沢を訪れた際に是非足を運んでみて下さい♪

旦念亭を後にして、腹ごなしを兼ねてレンタカーを借りて小諸方面へドライブ。
ショッピング組は引き続き旧軽井沢方面へ向かうとの事なので、引き続き四人で行動。

途中で蕎麦屋を見つけ、良い時間帯だったのでお昼を食べる事にしました。

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今回訪れたのは、やまへいと言う蕎麦屋です。
軽井沢プリンスの中にも出店していますが、こちらは昔ながらの風情があります。
チョコレートケーキを食べたとは言え、自腹切るなら豪勢に行こうという謎の結論に至った私は、かなり多めにチョイス。

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1枚目がサーモン丼、2枚目がとろろそば。
これだけ食べてようやくお腹一杯になりました(笑)
学生時代から燃費の悪さは自覚していましたが、相変わらずのようです……。
お値段は1900円。そこそこ高かったですが、美味しかったので良しとします。

両親と兄は引き続き小諸方面へ向かうとの事なので、私はしなの鉄道の御代田駅で車を降りて列車で軽井沢へ戻る事に。
丁度、列車が入線する直前に駅に到着したので、慌しく乗車。写真は撮れませんでした;

乗車したのはしなの鉄道ではお馴染みの115系。
ただし、黒と赤が特徴的なしなの鉄道オリジナル塗装ではなく、白色に水色と緑のラインが入った所謂、長野色の編成でした。
しなの鉄道も湘南色、初代信州色とリバイバルカラーを復活させ、更にはスカ色の復活も告知されています。商魂逞しいというか何と言いますか…。

軽井沢に到着した後は、バスで旧軽井沢方面へ。
ショッピング組と合流して、案の定(?)荷物持ちをさせられる事に……。
ただ、私も欲しい物があったのでそこだけは譲りませんでした(笑)

ショッピングを終えた後は適当にブラブラ。
小諸方面へ行っていた両親・兄と合流した後、私だけ軽井沢駅で離脱。
復路は軽井沢駅前から高速バスで東京へ戻る事にしました。

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時間があったので、目の前に停車していた草軽交通のバスを撮影。
うーん、どことなく見覚えがあるような無いような塗装ですね(笑)

奥にちらっと写っているのは、横川~軽井沢を結ぶJRバス。
時間があればこちらで帰ろうかなと思いましたが、翌日の事を考えて断念。
因みに乗客はゼロ。ちょっと先が思いやられますね……。

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帰りはこちら。
真っ青なライオンズブルーが特徴的な、西武バスの池袋行きに乗車します。
前日の予約でも\2600と新幹線の半額以下でしたので、こちらにしました。

車内の画像はありませんが座席がそれぞれ独立した3列シートでしたので、普段は新宿や池袋発着の夜行便に使用されている車両と思われます。
一番後ろの席を予約していたので、リクライニングを思いっきり倒して完全に寝る体勢にしてしまいました(笑)

バスは17時丁度に定刻で軽井沢駅を出発。
軽井沢プリンスホテルに立ち寄った後、碓氷軽井沢インターから上信越道へ。
富岡インターで一旦降りて小規模な富岡バスターミナルに寄った後、再び上信越道に乗って池袋を目指します。
この辺りは意識が飛んでいたので記憶が曖昧ですが、軽井沢駅以外での乗車は無く車内は私を含めて15名ほどでした。

次に起きた時は、途中の開放休憩地である関越道の上里SAでした。
所要時間約3時間の比較的短い路線でも、こうして車外に出れる開放休憩が設定されているのは乗客にとっては非常にありがたいですね。

バスは18時半に上里SAを出発して関越道を南下。
練馬インターで一般道に降りた後、練馬駅(練馬区役所)と下落合駅に立ち寄って定刻の20時少し前に池袋駅東口に到着です。
練馬駅(練馬区役所)と下落合駅で降りる方も多く、池袋駅東口まで乗車したのは私を含めて6名でした。

と言う事で、軽井沢日帰りレポでした。
日帰りと言う事で少し慌しくなりましたが、久々の軽井沢を満喫出来ました♪
とはいえ、今年に入ってから仕事で度々行くようになりましたので、そこまで新鮮味は感じていませんが……(汗)

新幹線と高速バス。
時間を取るか値段を取るかで選択は分かれますが、どちらにもそれぞれ強みがある故に利用者が定着しているのでしょう。
軽井沢へは上手く棲み分けが出来ているかな、と個人的には感じました。

それではこの辺りで。
お付き合い頂きありがとうございました。