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豊田電車区(東トタ) -Next Generation-

中央線沿線民が気分・ノリ・テンションで更新していくブログです。
主に鉄道模型・旅行を中心に記事を投稿していきます。

こんばんは、渋谷くずはです。
気が付けば1月も終わり、2月に入って2週間が過ぎようとしています。

ぼちぼちとネタは溜まっているのですが、仕事や家の関係でバタバタしているのでしばらくは更新がスローペースになると思います。

2月は新規入線はそれほど多くありませんが、欲しかった車両がやって来る予定なのでちょっと楽しみですね。

さて、本日は運転会の話題です。
高校の同級生と共に新年初の運転会と題して、先日リカラーへ行って参りました。

リカラーはブログ友達とは何度も行っておりますが、それ以外で行くのは実は初めてだったりします。
相変わらず走らせるのに集中していたので写真は少なめですが、どうぞ。

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まずはキハ183系まりもと北斗の離合から。
今回一緒に行った友人は私と同じぐらいの北海道好きなので、自然と持ち込んだ車両も北海道型が中心となります。

北斗も写真の500番台は昨年3月のダイヤ改正で撤退。
残った元130km/h対応の7550番台も、今年の3月で撤退する事が決まっています。

今まで当たり前に見られた光景が、急に見れなくなるのは毎度毎度ですが寂しいですね…。
ですが、その光景を残す事が出来るのも模型の醍醐味と言えそうです。

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続いては割と久々な、キハ261系スーパー宗谷。
実車は列車名からスーパーが取れ、先頭車のロゴもHET261に変わってしまいましたが、それ以外はほぼ変わらぬ姿で走り続けています。

昨今の事情から模型のように2両を増結した6両編成と言うのも滅多に見られなくなりました。

年始に一度だけ6両編成で走ったようですが、それを聞いたのも随分と久々だったような気がします。


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友人が持参した、今回の運転会で唯一の非北海道型であるEF62+14系能登。
後部補機としてEF63の重連も連結していますが、アングルの関係で収まらず…。

私は上野行きの機関車がずらっと連なった三重連派ですが、友人は金沢行きのEF62とEF63の重連で客車を挟む方が好きとのこと。

この辺りは人それぞれの好みが出ますね。

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次は再びキハ183系同士の離合です。
どちらも片側の先頭車がスラント、もう片側がボウズの編成で列車も同じく北斗。

国鉄時代の長い編成ですがボウズが登場したのが国鉄末期なので、年代的には分割民営化前でしょうか。

JR化直前から白地にオレンジと赤の新塗装へ塗り替えが始まったので、
ボウズの国鉄特急色が見られた期間は実はそんなに長くはありません。

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ヤードでは私のキハ261系0番台の他に、友人のキハ261系1000番台スーパー北斗や、
国鉄色のキハ56系100番台で組成された、急行狩勝が待機しています。

古今さまざまな車両が待機していますが、私も友人も手持ちの車両的にはどちらかと言うと
JR世代の車両が多いような気がしなくも無いです。

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続いては、私のキハ183系とかちと友人のキハ283系スーパーおおぞらが離合。
私がキハ283系を持っていないのでなかなか実現しなかった組み合わせでしたが、
今回の運転会で友人がキハ283系を持ってきたので遂に実現しました。

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その次は、キハ281系スーパー北斗とキハ283系スーパーおおぞらの組み合わせ。
少し前の北海道の花形といえばこの両形式で、スーパー北斗とスーパーおおぞらは振り子機能と最高速度130km/hの性能を生かした韋駄天ぶりが今でも強く印象に残っています。

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こちらは先程の画像でも写っていた、キハ56系100番台の急行狩勝。
キハ56系もTOMIXから再生産されたものの、直ぐに市場から消えてしまいました。

ラインナップにないキハ56形200番台含め、末期の快速ミッドナイト用車両や両運転台化改造を施工したキハ53形500番台等も製品化して欲しいものですね。

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で、ここからはリカラー恒例(?)のヤードを使った横並び。
後がボケていますが、JR化後に製造された特急型車両オンリーの並びです。

こんな並びを撮影していると、お店の方から空いている手前の番線を使っても構わないとのお言葉を頂きましたので、友人と二人で調子に乗ってネットでよく見かける本線・ヤードを全部使用した12本並びにトライしました。

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その結果がこれです。
ネットでは度々見かけていましたが、実際に並べると流石に疲れました(笑)

画面左側から右側にかけて、走っていた(もしくは登場した)年が古い順に並んでいます。
二人とも新塗装のキハ183系を持って来ていなかったので、新塗装のキハ183系さえあれば歴代北海道特急型が勢揃いとなったのですが、これはまた次の機会にしようと思います。

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前から撮るのもいいのですが、横から撮るのも個人的には好きだったりします。

北海道の特急型は先頭車の横にロゴが入っている事が多く、
斜めにずらして横から見るとずらっとロゴが奥まで綺麗に並んでいるように見えます。

こうして並べてみると、キハ281系以降の車両はキハ183系初期車(スラントノーズ)の系譜を色濃く受け継いでいる事が分かりますね。

と言う事で、リカラー運転会の模様をお届けしました。
リカラーは行きやすい場所に立地しているので、お世話になる機会が今後も増えそうです。

次回行く時までには、新規入線した車両を走らせられる状態まで整備して、今回とは異なり雑多なテーマの車両をレイアウトに走らせてみたいものです。

それではこの辺りで失礼します。
お付き合い頂きまして、ありがとうございました。
こんばんは、渋谷くずはです。
年明けから40度越えの高熱で仕事を休み、復帰したと思ったら今度は大きなトラブルに見舞われるなど、厄年並みの災難が降りかかってきています。

インフルエンザではなかったのが不幸中の幸いですが、皆様もどうか体調には十分お気をつけてお過ごし下さい。

そんな中で今更ですが、今回の記事が2018年を迎えてから最初の更新となります。
今まで通り、よく分からないブログ運営になると思いますが何卒よろしくお願い致します。

昨年の途中から本業への“原点回帰”を掲げてブログを更新していますが、
今年も昨年に引き続いて本業への“原点回帰”を更新の目標にして行こうと思います。

あまり公にしていませんが、私の“本業”は「201系を中心とした中央東線の列車群」と、
「キハ183系を中心とした北海道の列車群」の二つになります。

今後の車両増備も、この二つの原点に沿いつつ進めていく予定です。
(昨年から組成途中の車両など、一部例外もありますが…)

とは言え、昨年も言いましたが本業以外の車両の組成をやめる訳ではありません。
記事として取り上げる回数が少なくなるだけで、裏では本業以外の車両の入線も少しずつ進めていくつもりです。

流石に“本業”の車両も持っている数がかなり多くなって来たので、“本業”のみですと車両増備も思うように進めなくなるのが一つの要因です。

運転会の記事で私が所有する見慣れない車両が出て来たら、
「裏で入線させていたんだな」とでも思って頂ければ幸いです。

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さて、年頭の挨拶は程々にして今回はいきなり本業からズレた車両の話題です。
昨年の夏頃より集め続けていた、阪急3000系の組成が終了しましたのでご紹介します。
実は昨年末の時点で組成が完了していたのは内緒。

まずは簡単に実車紹介です。
阪急3000系は、神戸本線用の車両として1964年に登場しました。

当時の神戸本線は神戸高速鉄道・山陽電鉄への乗り入れを控え、架線電圧を600Vから1500Vへ昇圧する事を計画していました。

3000系登場の前年には無改造で両方の電圧に対応出来る、複電圧車こと2021系が製造されています。

しかし、2021系は機器構造が複雑で保守に手間が掛かる事から、単純な抵抗制御を搭載した保守が容易な新形式の製造を決定。

これが3000系であり、1964年から1967年の神戸本線の架線電圧昇圧を挟み、1969年までの5年間で合計114両が製造されました。

1980年頃より冷房化改造が始まり、一部の編成は前面に方向幕設置・標識灯移設を行って2200系と似た前面になっています。

また、1988年からは2000系の廃車が進むのと同時に方向幕未設置の編成を中心に、支線区へも進出していきます。

2000年代に入って、9000系の製造開始によって本格的に置き換えが開始。

方向幕未設置の編成から廃車が進んでいき、時には神戸本線や宝塚本線に所属していた方向幕設置編成を減車して支線へ転属させ、支線の方向幕未設置編成を廃車にすると言う3000系同士の共食いも行われました。

神戸本線・宝塚本線での運用も比較的最近まで残っていましたが、2014年までに本線での運用は終了。

また、同時期に今津北線・伊丹線・箕面線にそれぞれ残っていた方向幕未設置の編成も、全てが置き換えられて運用を終了しています。

現在は新1000系(に玉突きされた他形式)によって更に置き換えが進み、箕面線での運用は既に終了。

2017年12月現在で今津北線に6両編成1本、伊丹線に4両編成4本が残るのみとなっています。

3000系と言うと最近まで神戸本線や宝塚本線を走っていたイメージが強いのですが、
気が付けばまともに見る事が出来るのは伊丹線のみとなってしまいました。
今津北線は他形式の運用が多いので、見れるかどうかは運次第です。

このまま新1000系の導入が進めば、近い内に全廃となってしまいそうです。
そうなる前に、少しでも足を運んで記録に留めておきたいですね。

ここからは模型の紹介です。
最初は編成からです。


<梅田

 3076(Tc)
 3521(Mp)
 3557(T)
 3026(Mc)
 3077(Tc)
 3522(Mp)
 2076(T)
 3027(Mc)

     三宮>


プロトタイプとしたのは、1980年頃に神戸線を8連で走っていた3076F。
梅田方からTc-M-T-Mcの4両編成を2本繋げた8両編成となっています。

中間で分割する事で4両編成での運用も出来そうですが、この当時は支線区での3000系の運用は殆ど無かったようです…。

3076Fは3000系の中では比較的早く冷房化が実施された編成で、方向幕設置・標識灯移設の対象にもなっています。

神戸本線への新車導入を受けて、T車を脱車した6両編成となって今津北線で晩年まで活躍。
新1000系1002Fの竣工に伴って6両化された7003Fに玉突きされる形で、2014年8月に正雀工場へ廃車回送されています。

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まずは先頭車(Mc・Tc)から。
貫通扉の車番と行先の看板が付いていないと、看板車は少し間抜けな表情にも見えます。
早く車番と行先の看板を付けて、本線走行が出来るようにしたいものです。

これ以外にも屋根上に無線アンテナが設置されており、こちらは鉄コレに付属している純正パーツを使用する予定です。

また、先頭部のカプラーは中間封じ込め車についてはTNカプラーへ換装。
両端先頭車については検討中ですが、恐らくそう遠くない時期に同様にTNカプラーへ換装する予定です。

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続いて、中間車(Mp)。
2基搭載した菱形パンタグラフが、冷房改造後の3000系列の大きな特徴です。

冷房改造前はMc車にもパンタグラフを搭載していましたが、冷房改造を行った際に中間のM車にパンタグラフの搭載が集約されています。

パンタグラフはGM製の5805(PT43N)に換装しています。
集電板のホーンの先端がY字になっているのが特徴で、同年代の私鉄車にも多数採用されています。

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次も中間車(T)。
こちらは編成内で3000系と2071系が混在していますが、外見上の大きな差は無いので車番の違いのみとなります。

今回、製作に当たっては極力大規模な改造をしない事を前提としています。
(大規模な改造=車体の切った貼った、塗装作業などなど)

そこでプロトタイプの選定に当たっては、以下の三つの条件を満たす編成にする事にしました。

①:初期の冷房改造車で神戸線を8両で走っていた(製品が初期の冷改車である為)
②:中間封じ込めの先頭車の運転台が撤去されていない
③:中間に入っている2021系が1両のみ
④:③の2021系が純粋な中間車(中間車化改造車ではない)であること

以上の条件を満たす編成の中から、今回は3076Fを選定しました。
こうする事で、インレタやパーツ類のみの使用で車体側には一切手を加えずに組成出来ると言う訳です。

因みに編成中の2076号車は3076Fから脱車後、2014年まで伊丹線で活躍していた看板車の3077Fに組み込まれていました。

この事から編成中の2021系の車体形状の特定が容易だったと言うのも、プロトタイプ選定の決め手の一つでもあります。

神戸本線を走っていた3000系は、8両編成へ増結する際に不足する中間車を電装解除した2021系(以降は2071系と表記)で補っています。

これは5000系も同様で、どちらも冷房改造車なので外見には大きな違いはありませんでしたが、車内やドアエンジン等に違いが見られました。

中間に組み込まれた2071系には純粋な中間車と、先頭車を中間車化改造した車両(以降、Toと表記)があります。

To車の方が編成の中でアクセントにはなりますが、組成の難易度的には純粋な中間車の方が無難かなと考えて今回は前者を選択しました。

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比較用に、To車とT車を並べてみました。
おい、何でTo車を持っているんだ


画像でも見て分かるように、元々先頭車だった車両は窓配置や妻面の前照灯跡を始め、先頭車だった時の名残がくっきりと残っています。

車内の元々乗務員室だった部分の仕切りも残っているので、車内からも元先頭車と純粋な中間車の判別は容易です。

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先頭車の中間車化が進められたのは方向幕設置とほぼ同時期でしたので、方向幕未設置であれば必要ないかなと考えて敢えて編成中には入れませんでした。

これが方向幕設置後で、更に末期の本線用の編成であれば多少事情は違ったと思います。
※先頭車が方向幕未設置でもTo・Mo車が中間に入っていたり、方向幕設置後でも中間封じ込め車の運転台が残っていたりと、必ずしも形態が一致する訳ではありません

今回は組成完了までが記事ですので、これ以降の作業はまた改めて行う予定です。


とは言いつつも、既にT車の車輪交換・動力ユニットの組み込み・パンタグラフの交換は完了しています。


ですので、後は車番・社紋・行先看板等のインレタやステッカーの貼り付けと、細かいパーツ類の取り付けを行えば、本線デビューとなる予定です。


因みにこの3000系からは公式推奨の走行化パーツを使わずに、M車以外はKATOの車輪とTNカプラーで走行化を行っています。

従来の方式(鉄コレ走行化パーツセット+KATOカプラー密連)よりもトータルでは安く済み、更に連結時の安定性が導入の決め手となりました。

一部加工が必要となりますがさほど手間も掛からないので、当区の鉄コレの走行化は今後導入する車両は、全てこの方式で行っていく予定です。

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以上、阪急3000系の紹介でした。

阪急の車両も去年から結構な数を導入してきましたが、看板車はこれが初めての組成になります。

私の幼い頃には既に本線からは消えつつあった看板車。
本線でまともに見れたのは2300系のみでしたが、これこそ阪急と言う感じがします。

神宝線系統の看板車は、もう1本導入を予定しています。
資料集めはほぼ終わりましたので、後は種車の調達とインレタやパーツ類の購入をすれば完了ですが、果たしていつになるやら…。

勿論、京都線系統も忘れていませんよ?
そもそも、私からすると京都線系統の方がホームグラウンドのはずなのですが、何故か神宝線系統の車両ばかり集まっているのが現状です(汗)

京都本線系統も複数編成の看板車の導入を予定しており、こちらは種車の調達の目処が何とかつきましたので近い内に記事にしようと思います。

それではこの辺りで失礼します。

お付き合い頂きましてありがとうございました。

こんばんは、渋谷くずはです。
2017年も今日が最後。明日からは2018年が始まります。


学生の頃は長期休暇の度に喜んでいましたが、今は長期休暇の期間はいつも憂鬱です…。
今の仕事が世間一般の休みの期間が忙しいので、尚更そう感じてしまうのかもしれません。

この投稿は予約投稿です。
記事が投稿されている頃は、恐らく数時間後の仕事納めに向けて張り切っている事でしょう。

相変わらずの仕事納めが大晦日・仕事始めが元旦ですが、毎年毎年の事なのですっかり慣れてしまいました。
お正月ぐらいはゆっくりしたいと言う気持ちが無い訳ではありませんが、それでも忙しい時期に休むぐらいだったら、と思う私が居ます…。

戯言はさておき、2017年最後の更新は北海道旅行の最終日の模様です。
旭川へ行った帰りに、少し珍しい物が見れました。それでは、どうぞ。

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ホテルをチェックアウトした後、荷物を預けて札幌駅へ。
昨日撮影した789系0番台のライラック11号で、旭川を目指します。

グリーン車と指定席が2両、自由席が4両ですが私が乗車した車両はなかなかの乗車率でした。
札幌~旭川は特急利用がしっかりと定着している区間と言えそうですね。

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列車は石狩平野を快走し、1時間半ほどで旭川に到着。
ホームには雪が残っており、札幌圏や前日訪れた道東に比べて雪が積もっていたなと感じられました。

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旭川に来た理由はただ一つ。
旭川駅から歩いて15分ほどの所にある、蜂屋と言うラーメン屋でラーメンを食べる為です。

こちらのお店、嘗ては新横浜にあるラーメン博物館にも出店していたそうです。
残念ながら私が知ったのは撤退した後でしたので、もう少し早く知っていれば東京でも食べれたなと後悔しています。

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煮卵ラーメンの大盛りを注文。
初日に函館の滋養軒で食べた塩ラーメンとは対照的な、濃厚な醤油ラーメンです。

ラーメンを食べた後はそのまま真っ直ぐ旭川駅へ戻りました。
帰りもライラックでしたが、せめて指定席に乗りたいなと思いつつみどりの窓口で空席を問い合わせてみた所、ほぼ満席の模様。

諦めてホームへ上がる途中、網走からの大雪2号が車両故障の為に運休になって代替臨時列車が運行されている事と、折り返し予定の大雪1号はグリーン車無しの編成で、自由席の両数も変わっているとのアナウンスが流れていました。

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ホームへ上がると、大雪1号として待っていたのはライラック11号で旭川へ向かう時に、苗穂運転所で待機していた編成でした。

札幌方の2両はキハ183-1505とキハ183-405と言う、普通の組み合わせでしたが…。

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遠軽方から3両は、来年3月で引退予定の旭山動物園号が連結されていました。
先頭車はフリースペースなので締切、後の2両のみ乗車可能だったようです。

大雪1号は網走で折り返しオホーツク4号となる運用ですので、もし1日乗車が遅れていたらグリーン車無し・コンセント無しの編成に乗車する事になっていました。

見る分には大いに結構ですが、乗る方からするとちょっと…と個人的には思います。

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本来、大雪2号はライラック22号と接続しますが、代替臨時列車の到着が1時間近く遅れた関係で、後続のライラック24号に接続列車が変更されていました。

その為、ホームやライラック24号の車内ではライラック22号の指定券を持っている場合は乗務員・駅員へ知らせてくれ、と言う旨のアナウンスが繰り返し流れていました。

大雪1号の発車を見届け、私達はライラック24号で札幌へ。
以前この区間をスーパーカムイで走破した時は、岩見沢で立ち客が出るほどの混雑ぶりでしたが、流石に6両と言う事もあるのか立ち客は出ませんでした。

札幌へ着いた後は友人と一時的に別れ、前日オホーツク4号に乗った際にモバイルバッテリーを忘れてしまった為、引き取るべく苗穂へ向かいました。

引き取り自体は数分で終了しましたが、札幌へ戻る列車まで少し時間が空いていたので軽く撮影。

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と言っても、撮影したのは2枚のみです。
苗穂運転所に待機するキハ183系。奥の編成は、私が前日に乗車した編成でしょうか?

この日はオホーツク1号からスラントノーズ入りの編成が運用に入っていたので、残念ながらスラントノーズ車の姿は駅から見える範囲にはありませんでした。

2枚目は道南いさりび鉄道のキハ40。
てっきり五稜郭で検査をするのだと思っていたら、苗穂で検査を受けるのですね。
何食わぬ顔で居たので、少し驚きました。

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札幌でお土産を買っていた友人と再合流。
名残惜しいですが、飛行機の時間が近づいているので新千歳空港へ向かう事に。

勿論、新千歳空港までは快速エアポートのuシートに乗車します。
今までエアポートは721系ばかりでしたので、733系3000番台は実は今回が初乗車です。

友人は今回の旅行で乗った中で一番座席の質が良かった、と言っていましたが733系3000番台は一番古くても2014年製。
今回の旅行で乗った車両の中では一番新しいので、そう思うのも少し納得してしまいました。

新千歳空港には40分ほどで到着。
手荷物を預け、お土産コーナーを物色した後に制限エリアへ。

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帰りはANA74便で羽田へ。機材はB777-200のJA744A。
国内線用のB777-200では一番新しい部類の機体で、B787-8と同じタイプの座席を使用しているのが特徴です。

夕方の新千歳発の羽田行きはAIRDO便を含めて30分ヘッドで運行されており、30分前に同じB777-200を使用した72便が出発していた事もあってか、搭乗率は7割ほどでした。

羽田では別の友人の迎撃を受け、夕食を食べた後に解散。
帰りもバスで自宅最寄り駅へと帰還しました。

と言う事で、3泊4日の北海道旅行の記事をお届けしました。
今となっては、函館~札幌から来年の3月でキハ183系が撤退してしまうので、行ったのは本当にタイミングが良かったなと思います。

次に北海道に行く時は、恐らくキハ183系の活躍の場は石北特急のみになっている事でしょう。
ここ最近は年に一度以上のペースで北海道に行っているので、また来年もいつか行ければいいですね。

最後になりますが、3月の開始から約9ヶ月ほどお付き合い頂きましてありがとうございました。

中身の薄い内容ばかりでしたので、来年はもう少し中身の濃い記事や加工・改造等の記事を上げられたらな、と思います。

それではこの辺りで失礼します。