こんばんは、渋谷くずはです。
気が付けば4月も半ばとなり、すっかり春めいた陽気になってきました。
相変わらず整備に時間が割けない現状をどうにかしようと考えてはいるのですが、
具体的な方法が休暇を取る以外思いつかないので悩んでいます…。
先日、KATOとTOMIXから新製品の発表がありました。
KATOは個人的にE353系か四国2000系が来ると予想していただけに、少し拍子抜けでした。
ただ、追加発表であったD51-200と35系4000番台には驚きました。
既にTOMIXが先行して35系の製品化を発表していましたが、未だに発売時期は未定。
KATOは後発ですが、しっかりと発売時期が明記されています。
ただ、機関車との同梱セットと単品売りを分けて発売するのはよく分からないですね…。
説明文からして、近い内に貴婦人も発売されるようですので発売されたらそちらも押さえておきたい所です。
TOMIXで気になったのは、14系500番台のまりもぐらいですね。
牽引機はDD51の星釜一択ですが、再生産のアナウンスが無いのが気になる所です。
さて、今回も新規入線車両の紹介です。
とは言いつつも、実際は友人からの譲渡車両ですが…。
当区では久々(?)な、闇夜を駆ける蒼い流れ星の登場です。
今回ご紹介するのは、KATO製24系25形寝台特急日本海です。
巷では日本海の噂がちらほらと上がっているので、当区でもそのブーム(?)に便乗するべく入線しました。
元々は私の友人が所有していた車両で、当区で余剰となっていた車両と交換する形で当区にやって来ています。
お互いに余剰車の整理と欲しい車両の入線が出来たので、まさに一石二鳥ですね。
友人へは、余剰となっていた485系と銀色の車両を合計で12両ほど譲渡しています。
実車の紹介を簡単に…。
日本海は1950年に大阪と青森を結ぶ急行列車の愛称として命名。
1968年10月改正、通称ヨンサントオから同じ区間を走る寝台特急の愛称に変わりました。
それまで日本海の愛称が付いていた同区間の急行は、この改正からきたぐにの愛称が新たに付けられています。
1975年に湖西線が開業した後は湖西線経由に変更され、急行きたぐにが新潟までの運転となった後も大阪~青森を結び続けました。
登場当初は1往復でしたが、1976年に季節列車を格上げして2往復化。2往復のまま、国鉄分割民営化を迎えます。
この当時の客車の受け持ちは、宮原客車区(1・2号)と青森運転所(3・4号)。
JRになった後もこの体制が継続され、JR西日本とJR東日本の共同運行列車として運行。
1988年の青函トンネル開業に合わせて、1往復が運行区間を函館まで延長。
この際に2号と4号の担当会社が入れ替わり、1・4号を西日本。2・3号を東日本が受け持つ事になります。
この体制は2007年の1・4号の運転区間短縮後、2008年の1往復化まで続きました。
2008年に西日本持ちの1・4号が廃止となり、東日本持ちの1往復のみに。
ただし、時刻に関しては旧1・4号に近い時間帯で定期運行終了まで運転されました。
この時点で2往復運転だった北斗星と共に1往復化された事で、日本の定期運行の寝台特急は全て1往復の運転になっています。
また、同改正であかつき・なはが廃止された事によって、関西地区を発着する最後のブルートレインにもなりました。
その後は客車の老朽化と利用率低下を理由に、2012年3月で定期運行を終了。
臨時列車として何度か運行されましたが、2013年冬の運転を最後に設定も終了します。
使用していた車両も廃車になってしまったので、事実上の廃止と言えましょう。
同じく臨時化後に廃止されたあけぼのや北斗星と比べると、臨時化から1年以上も走っていたのは運が良かったと言うべきなのでしょうか…。
さて、実車の紹介は程々にして製品を見て行きます。
製品は青森車両センター(旧青森運転所)所属の編成をプロトタイプとしています。
同じ青森区が担当するあけぼのと同様に、金帯と白帯が入り混じった編成美の欠片も無い編成が特徴的です。
編成は以下の通りです。
<大阪
①:オハネフ25-117 (B2)
②:オハネ25-152 (B2)
③:オハネ25-215 (B2)
④:オハネフ24-15 (B2)
⑤:オハネ24-51 (B2)
⑥:オハネ25-210 (B2)
⑦:オハネ24-7 (B2)
⑧:オハネ24-20 (B2)
⑨:オハネフ24-21 (B2)
⑩:オロネ24-5 (A2)
:カニ24-511 (EG)
青森>
牽引機:EF81(敦賀) 大阪~青森(上り大阪行きの敦賀で機関車交換)
見た目の統一感の無さに反して(?)、編成内容は開放寝台車と電源車のみのシンプルな構成になっています。
プロトタイプは定期運行末期の2011年頃となっていて、既にこの当時日本海でしか運用されていなかった車両が複数混ざっているのが特徴的です。
まずはオハネフから。
セットの中には24形と25形を合わせて、3両のオハネフが入っています。
この内、オハネフ25-117のみ金帯で残りは白帯です。
金帯と聞くと北斗星用を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、こちらの乗降扉は引き戸に改造された北斗星用と異なり、オリジナルの折り戸のままになっています。
これはJR東日本が嘗て運行していたあさかぜ1・4号用に用意された、
内装更新と金帯化を行ったグレードアップ車両がルーツとなっています。
1994年にあさかぜ1・4号が臨時化(その後、廃止)されると、オハネ・オハネフの一部は同改正で583系から客車化されたはくつるへ転用するばく、青森区へ転入。
はくつる廃止後は、同じ青森区が担当していたあけぼのと日本海で運用されました。
製品では先頭に出るオハネフ25-117以外は、ライトユニットとロール式テールマーク変換装置の装備は省略されています。
オハネフ25-100とオハネフ24-0で、車端部の処理も異なっています。
金帯車と白帯車で異なるのか、0番台と100番台で異なるのかは分からなかったので勉強しておきます…。
カプラーはオハネフ25-117の車掌台側のみ、当区への譲渡前に友人がTNカプラーに交換していました。
ただ、TNカプラーは日本海では使用しない予定ですので、足回りを別に調達の上でKATOカプラー装備へ復元する予定です。
オハネです。
金帯と白帯が3両ずつで、合計で6両となります。
収録車両は金帯車がオハネ25-100、白帯車はオハネ24-0で統一されています。
オハネの金帯車は先述の元あさかぜ用の折り戸車と、引き戸車が存在します。
ただ、日本海のセットには引き戸のオハネは収録されていません。
オハネフ・オハネ(とカニ)はあけぼのと共通運用の為、同じくKATOから発売されているあけぼのとも(方向幕・号車表示に目を瞑れば)相互に車両のやり繰りが出来ます。
次はオロネ24-0。
こちらはあけぼのに連結される事は無く、日本海専属となっていました。
日本海のオロネ24は、最後まで残った開放室2段式(ブルマン式)A寝台寝台車でもあります。
国鉄時代に登場したシングルデラックスを皮切りに個室化が進められたA寝台車の中で、最後まで登場当時の内装を守り続けました。
私も何度か乗車経験がありますが、通常のB寝台とあまり変わらなかった記憶しかありません…。
最後に電源車。カニ24-511がチョイスされています。
511は11両改造されたカニ24-500の内、2両しか居ないカニ24-100からの改造車です。
500番台を名乗っている事から北斗星・エルム用の車両と思われがちですが、
改造当初は品川運転所に配属。あさかぜ・出雲で活躍していました。
その後、尾久区を経て2006年8月に青森区へ転入。
2015年に廃車となり、現在は小坂鉄道レールパークで動態保存されています。
尤も、尾久時代は予備車的な扱いで北斗星・エルムの運用に入る事は少なく、
逆にカニ24-100の代走として出雲の運用に入る事の方が多かったそうですが……。
金帯の100番台は末期はほぼ日本海でしか見られなかった事もあり、あさかぜや出雲に比べるとこの姿が個人的には一番しっくり来ます。
ですが私が実際に見たカニは金帯の割合が圧倒的に多く、白帯・銀帯は殆ど見た事が無いのも理由の一つかもしれませんね…。
日本海は幼い頃に私が初めて乗った寝台特急ですので、思い入れの強い車両です。
製品の発売時には色々あって入手する事が出来なかったので、譲渡とは言えこうして手元に置く事が出来たのは感慨深いですね。
と同時に、実車についてまだまだ私が勉強不足である事も分かりましたので、
今後は24系を始めとする青い客車についてもより一層勉強していく次第です。
肝心な牽引機の調達ですが、他にやる事があるのでしばらくは後回しにします。
恐らく記事として取り上げる事は無いと思いますので、何食わぬ顔で運転会の記事に日本海が登場して来たら察して下さい。
赤2号の★ミじゃないEF81が牽引出来る定期ブルトレはあけぼのと北陸だけですし
次回も恐らく新規入線車両の紹介となると思います。
ただ、下旬に運転会を予定している関係で、もしかしたら運転会の記事が先になるかもしれません。
その辺りは流動的ですので次回の記事の更新をお待ち下さい。
それではこの辺りで失礼します。
お付き合い頂き、ありがとうございました。