地中海沿岸ではキリスト教文化とイスラム教文化が融合するより対立していたような印象があります。アヤソフィアもその一つですが、スルタンアフメト公園を見てきたので、キリスト教はイスラム教文化を破壊・略奪しているのに対して、イスラム教はキリスト教文化を受け入れなくても破壊はしなかったことが分かります。


アヤソフィア
アヤソフィア エキゾチックな雰囲気のアヤソフィア
 1時33分に、スルタンアフメト公園の右奥にある、
アヤソフィアに着いた。

アヤとは「聖」ソフィアは「叡智」の意味であるから「聖なる叡智の神殿」となる。

ここは、ユスチニアヌス帝の時代に、キリスト教の小さな教会が立てられ、コンスタンチヌス帝の時代に大きな教会に拡大されたが、1354年にオスマントルコの時代にモスクとなり、1934年にアタチュルクによりアヤソフィアになった。

モスクだった時代にアフメト王は4人の子供をあらわし4本のミナレットを立てている。

オスマン帝国の王は、アヤソフィアのキリスト教のモザイク画を壊さず、その表面に白い漆喰を塗ることによって見えないようにしてしまった。

1946年以後、その漆喰を剥がし始め、現在もその作業を続けているが、そのおかげで、中世のキリスト文化が復元されている。キリスト教は直ぐに破壊略奪するのだが・・・。

入り口ゲートで手荷物検査をされて、37分に入場した。

キリストに跪くレオン6世 キリストに跪くレオン6世

その天井に金箔が貼られた前廊下の上壁には、キリスト、マリア、コンスタンチヌス、キリストに跪くレオン6世を描いたモザイクがある。レオン6世は一夫多妻をしていたので破門され、キリストにそれを謝罪している様子だという。これらの壁画に描かれた人々は実に無表情である。ギリシャローマの人物像の躍動感とは比較にならない。

アラー ラクダの皮に書かれたアラー

そこから内部の大ホールに入ると、天井にはイスラム世界が描かれ、周囲にはイスラムの神や偉人達の名前が掲示されていた。正面右のアラーから左廻りにマホメド、エブベキュル、アリ、オスマン、アラーから右廻りにファティ、スレイマヌ、ウメルと書いてあるという。それらの名前は、直系が2m以上のラクダの皮を丸く切って黒く染め、その上に金箔で書かれているが、アラビア文字なのでどれがどれだか分からない。

カディルさんが、ムハンマドゥやマホメットという発音はまちがいで、マホメドが正しいと言っていたのは驚きである。

アヤソフィアの2階への通路はスロープになっていて、王族が馬に乗ったまま上がれるようにしてあったそうだ。その2階に上がった時は2時20分だった。

漆喰で隠されていた宗教画 漆喰で隠されていたキリスト教の壁画

2階は、回廊形式になっていて、下のホールが見下ろせるようになっている。壁にはところどころにキリスト教の宗教画がモザイクで描かれているが、漆喰を塗られていたので、それを剥がす作業が続けられている。ここは元来モスクだったので、建物内に余分なものがないのがよい。

再び別のスロープから下におり、柱に空いた穴に親指を入れてぐるりと回してアヤソフィアを出たのは2時22分。アヤソフィアの花壇には、トルコが原産であるチューリップが5cmくらいの芽を出しているのがかわいい。トイレを済ませて戻ってくると、韓国ソウルからの人がいて“アンニョンハセヨ”と挨拶して2時30分に出発。

このころだったと思う。カディルさんのスマートフォンが無事戻ってきたという連絡があり、皆さんで拍手。


アヤソフィアの花壇にはチューリップが芽を出していました。トルコ原産ということを知ると、その小さな芽にも「トルコだよな!!」という気持ちを抱いてしまいます