トルコへ行くのでしたら、英雄アタチュルク(ムスタファ・ケマル・アタチュルク又はムスタファ・ケマル・パシャ)のことを知らなければなりません。
あちこちに、アタチュルクの名前を付けたものを見ますし、トルコのリラ紙幣の肖像は、アタチュルクなのです。
トルコへ行く観光客は、アタチュルクへの敬意を持っていかれると良いかと思います。何しろ彼は現代トルコの基礎を作った人なのですから。彼がいなかったら現代トルコはなかったのです。
日本なら夜食、トルコなら三時のおやつの機内食
3時40分になると、着陸前の食事が配られてきた。この時刻の食事をなんといったらいいのだろうか。日本なら夜食、トルコなら3時のおやつになってしまう。
飲み物は赤ワインとEFESビールをもらい、美味しくいただいて4時05分に終了。
機内3
実は、右斜め4席ほど前にいる赤ちゃんと子供が、大きな声を出して泣きわめいている。狭い空間に押し込められているのだから、飽きてしまうのは良く理解できる。
その家族が一生懸命におもちゃであやしてもいるのだが効果が無く、お祖父さんや母親が抱きかかえて通路を前に後ろに歩いている。キャビンアテンダントが目先の変わるものを持ってきたり、いろいろとご機嫌を取っているがその効果もすぐに切れてしまい、ついには通路に寝ころんで騒ぎ始めた。
ほとほと困ってしまって、どうにも手のつけようがない状態が続いていたが、そのうちに疲れて眠って待ったのだろうかようやく静かになった。子供を連れての長距離移動は実に大変だ。
4時20分、クリミア半島の根元から黒海に出ようとしている。半島の先端にはヤルタ会談ヤルタ協定で有名なヤルタがあるはずだ。あと1時間で着陸になるようだが、外は一面の雲で黒海の水を見ることは出来ない。
5時を過ぎたころ、機は高度をどんどん下げている。外は曇りで気温は15度だという。夕方でもあるし、窓から入る日差しは暮れなずみ始めているようだ。
イスタンブル到着
5時28分、イスタンブル空港(アタチュルク空港)に着陸した。この空港はとても広い空港のようで、3000m滑走路を2本、2300m滑走路を1本持っている。誘導路を10分ほど走って、39分にスポットに駐機し、空港ビルに集合をした。ロビーにはHISなどの日本人旅行団もいて、それぞれがこれからの行動の注意を添乗員から受けている。このような光景が毎日繰り広げられているのだろう。
長い通路を歩いて入国審査に進んだのだが、そこは長蛇の列で20分ほど並び、ようやくスタンプをもらって、両替所に行き5000円をトルコリラに交換した。この日の交換比率(トルコリラ÷円)は0.02124だったので、0.2124×5000円=106.2リラになったのだが、その中から手数料と税金を引かれたので、手元には101.74リラが明細書とともに渡された。最近のトルコはアメリカの金融引き締めの関係で、投資資金が引き揚げられリラが大きく下落している不安定な状況なのだ。
スーツケースをターンテーブルから受け取ろうとしたら、ポーターさんがいて我々のケースをどんどんと台車に載せていた。こんな贅沢をしても良いのだろうかと思ってしまう。
経済的に見ると、トルコ人の平均収入は日本の3分の1から10分の1の間だと言うから、こういったポーターの仕事も、失業率が高い現状からして重要なものになるのだろう。
それにしても空港での空気が穏やかなのだ。初めて訪れた国だから、緊張はあるにしても、今までの国とはその程度が違う。どこか安心感を覚えてしまうような柔らかさがある。
このころ、アメリカの金融引き締め政策により世界のドルが、アメリカに戻り始めたので、BRICSやトルコなどの国々の貨幣がどんどんと売られその国の通貨が下落していたのです。それは相対的に円高にもなっていましたので、トルコ経済は大きな打撃を受けていたのです。
それは、エルドアン政権にも少なからぬ影響を与えていたようです。
