中国のビールは分かりません。ビン1本の容量は様々だし、そのアルコール度数も様々です。一般にはアルコール度数は日本の6割程度ですから、飲み慣れた人には物足りないのではないでしょうか。
悦来酒樓
12時44分昼食会場の「悦来酒樓」に到着した。2番テーブルにいつものメンバーが着席し、中国ビールを頼むとここのは「雪花」だという。500cc 3.1% 20元
メニューは①豚の肉団子、②アヒルの肉炒め、③豚肉と漬け物の濃い煮付け、④草魚の水煮、⑤シイタケとタケノコの炒め物、⑥チャーハン、⑦野菜炒め、⑧スープ2種、⑨肉とタマネギ炒め、⑩卵と野菜炒め、⑪スイカ
チャーハンはインディカ米ではなく日本風味でとても美味しい。ここの料理は田舎風なので作法もお茶碗一つで食事をする形式らしい。茶碗にお皿が1枚付いているのは贅沢になるという。ましてや代わりの皿などはもってのほかだ。メニューを見るとご馳走というものはないが味付けに濃淡がありそれほど油濃くなくて良いのだ。1時11分終了。トイレをすませてから1時30分に出発。
車窓より
「中国に ゴミの見えない 道はなし」「中国は 並べず守れず かたづけず」を実感してバスは杭州へ向かっていく。杭州に近づくにつれ、水田の隣に「桑畑」が広がってきた。もちろんこれは養蚕のためだが、今までの概念では、桑畑は水田・畑に不向きな傾斜地や水の得られない土地に作られるものだがなぜだろうか。農地の区画整理も進んでいるし機械化も進み始めているし、遠方には工場群も見えているのになぜ桑畑なのかが分からない。養蚕はそれだけ多くの利益を上げる産業なのだろうか。2時20分杭州の料金所を通過。
杭州市内
杭州市内にはいるとゴミがない。曹さんの話「杭州市は町をきれいにする運動をしています。そのために内陸部から10万人の人を雇い、一人当たり200mを責任範囲として掃除をさせているのです。」見るとあちこちにオレンジ色の作業服を着た男女が掃除用具を持ってゴミを拾っている。
10万人×200m=2万km。よくこのような政策を考え出したものだし、それにかかる人件費などの経費を出せるものだ。確かに杭州市には全くといって良いほどゴミが落ちていない。でもこれは地域や人々のモラルの問題ではなかろうか。それにかけるお金があるのなら他のものに使うべきではないだろうか。
中国茶葉博物館
2時45分に中国茶葉博物館に到着した。博物館の周辺はよく手入れされた広いお茶畑になっていて収穫が終わったばかりだった。ガイドの曹さんは中国茶道の技士の資格を持っているとのことで、その方面の造詣がとても深い。その話によると、お茶といってもその時代によって様々に変化をしているという。宋代以前のお茶はお粥状でややピンクの色をしていたそうだ。茶碗もその色合いに合わせて青磁が使われていた。宋から明の時代になると抹茶やプーアル茶(発酵茶)が主流になり茶碗は天目茶碗になった。明代にはいるとお茶はもっと簡単に飲むものに変化をし、現代の抹茶が主流になってきたので急須が生まれたという。お茶を簡単に飲むように普及させたのは貧農出身の明の太祖「朱元璋」で彼は団茶禁止令を出したそうだ。
お茶の字も、時代によって様々に変化をしていることが通路の踏み石に記されている。茗など現在では使わない文字もあった。草冠は20、その下は88を表し合計108になるが、この数字は除夜の鐘、水滸伝、12ヶ月・24節気・72候の合計でもある。
お茶の製造過程をパネルで見学してから、売店に案内されたのは定番だ。
ジャスミン茶、龍井茶(100g320元)、一葉茶(150g220元)、人参ウーロン茶(100g260元)を試飲させてくれたが、一葉茶が気に入った。でも高いから買わずサンプルに1本もらってペットボトルに入れておいた。ジャスミン茶は好きではない。ここでは20種類近くのお茶が売られているが、中国4000年の味覚であるが飲んだ後に日本の緑茶のようなさっぱり感はない。販売店では希望した方がお茶をご購入され、3時45分にトイレをすませて終了。研究所の他の建物を外から見学し茶畑の中を歩いてバスに戻り4時03分に出発。
南宋御街歩行区
「それでは移動の時間を利用して、今日のホテルを連絡します。全員10階です。栄さんは1113号室、運転手さんは1112号室です。私は、杭州に家がありますのでそちらへ一度帰ります。モーニングコールは6時30分、レストランは6時30分からで場所は2階です。ルームキーを見せるだけで大丈夫です。出発は8時です。中国では外国のニュースは受信できません。パラボラアンテナは許可制で、ホテルのテレビも外国人が多いとNHKのみ流しますがそうでないと流しません。もし無許可で放送すると5000元の罰金になります。」そのうち4時45分南宋御街歩行区に着いた。
ここは、南宋時代の町並みを復元してテーマパークにしたところだ。
幅12~13mくらいの道の左右は全て2階建てで「うだつ」が上がっている。一階部分はお茶、漢方、食べ物屋、衣類、雑貨等々の店が並びそのような通りが7~800mも続いている。たくさんの人出だが外国人はほとんどいず中国の人たちばかりの感じがする。5時17分に青河坊という門に戻り26分に出発。
どこの観光地へ行っても、中国の人であふれかえっています。ここは中国だから当たり前ですよね。でも中国の人たちもあちこちと旅行が出来るようになったのです。それだけ経済的に豊かになってきているということなのですが、昔の町の造りのところへ大量の観光バスがきますからそれはもう筆舌に尽くしがたい混雑になるのです。



