仏歯寺に安置されているお釈迦様の「歯」は、仏教徒にしてみれば宝物以上のものです。それに一歩でも近づくことにより、悟りに近づけるのではないかと思うのではないでしょうか。もちろん日々の生活を正しく送ることも大切ですが・・・・。

仏歯寺ダラダー・マーリガーワ寺院)

 キャンディ芸術協会のすぐ隣が「仏歯寺」なので歩いて行くが、すでに時刻は6時30分を過ぎ、辺りは暗くなっているのに人通りが多く、はぐれないようにするのが大変だ。43分にお寺の入り口でセキュリティチェックを受けるのも珍しいが、1998年にここで“タミルイーラム解放のトラ”による自爆テロがあり、仏歯寺の一部も壊されたというからやむを得ないのだろう。

カピラさんによれば「お釈迦様は菩提樹の木の下で涅槃に入られたあと、その遺体は火葬にされました。お骨は“仏舎利”として尊敬の対象になり世界に分散したのです。スリランカには4世紀ごろに「お釈迦様の犬歯」がインドの東部のカリンガ国からもたらされ、歴代王朝は王宮の近くに仏歯寺を建て篤く信仰しました。王宮が移動すると仏歯寺も移動し、キャンディのこの位置に来たのは1592年で、それ以来この位置にあるのです。7時20分に仏歯を入れた部屋の扉が開かれますので、それに合わせて並ぶことにします。」ということで、6時50分に靴を預けて寺院内にはいった。日本にも仏舎利がもたらされたとされ、五重塔や三重塔を建ててそこに納め、「仏舎利塔」として寺院の中心に配置されていた。しかし、いつの間にか端に追いやられてしまっている。舎利殿というものもあるが、それらの中に本当の仏舎利が入っていることはない。卒塔婆も仏舎利塔を形式化したものだが、今では寺院が利益を生み出す手段になっている。話を仏歯寺に戻そう。寺院内にある“ペラヘラ祭り”の時に象の背中に仏歯を乗せる場所の脇の階段を上り、仏間に入って行列に並んでご開帳を待つことになった。

庭のもぐら-ご開帳を待つ信徒  ご開帳を待つ信徒です

仏間は2階にあるが、1階では太鼓と笛と鐘が“ジャンジャンポクポク”と単調なリズムの 音楽を絶えず演奏している。時々急速なテンポになったり音がやんだり、又急になったりと 変化も付けている。ジャンジャンポンポクポク ジャンジャポンポンポポン、ジャンポポ クジャン、ポンポンジャンポクポポポクといった調子だ。広い板の間にはたくさんの信者が座ってお経を唱え、ご開帳を待っているが、列は数歩進んだところで止まってしまった。

板の間を見ていると西洋人もいる。彼らキリスト教徒は、真剣に拝んでいる仏教徒の脇をラフな格好で観光地の珍しいものを見るような態度で歩いている。タイでもそうだったが、彼らは他国の宗教に対して敬意を払う姿勢を余り持っていないようだ。

ご開帳

庭のもぐら-仏歯が納められた厨子  

仏様の歯が納められた厨子です。これ以上には写りませんでした。

ようやく7時20分になった。しかしそれはあっという間のことだった。仏歯を入れた厨子を納めた部屋の扉が開かれ、後ろから押されるままに、その厨子を歩きながらチラリと見るだけだ。写真はもちろんだめ。部屋の中は煌々と光を当ててあり、厨子には金箔が貼られているので、光り輝きまぶしくてよく見えない。そこで、もう一度板の間にもどり、正面から写真を撮ったのだが(板の間からは許されている)離れていること、群衆でごった返していること、中の光が強すぎること等でピンぼけ写真しか撮れなかった。とにかく群衆の中をはぐれないように狭い階段を下り、仏歯寺内の施設を観光することになった。

仏歯寺観光

 庭のもぐら-象牙で囲まれたお釈迦様  象牙に囲まれたお釈迦様

 7時28分。図書室見学。中央にお釈迦様の座像を安置し、その前に2本の象牙を立てて花を飾ってある。部屋の周囲には本棚が配置され、中には貴重な仏典が納められていた。

35分。次は狭い階段を10段ほど登って仏間を見学した。ここにも中にお釈迦様が安置されその周囲を金箔やお花で飾ってあった。

43分。仏歯寺のいわれを絵で説明している部屋に入った。中央には16本の象牙とお花で飾られたお釈迦様の座像が置かれ、周囲の壁にはお釈迦様誕生から仏歯寺までの経過が何枚もの絵で説明されている。これは、昔は字が読めない人がたくさんいたので、お坊さんが信者にこの絵を使って説明したのだろう。ヨーロッパの教会にも、聖人のいわれを描いた絵やステンドグラスが飾られていることはよくあることだった。7時50分に靴を履いて帰路についたが、バスはとっぷりと夕闇につつまれた湖岸の道を8時01分に出発。

連絡

 添乗員の小倉さんが「それでは皆さん明日の連絡をさせていただきます。明日は列車に乗っての移動ですが、午前中は植物園へ行く予定でした。しかし、今日観光をしてしまいましたので、時間の余裕がたっぷりとございます。そこで、明日のロビー集合は10時といたします。ですから、モーニングコールは致しませんし食事時間も決めません。10時に間に合うように、スーツケースを持って、チェックアウトをしてください。バスはスーツケースを載せて先回りしますから、列車へは貴重品・パスポートと手荷物だけを持って乗車して下さい。昨日の話なのですが、シャワーは水しかでなかったようですが、ホテルに問い合わせたところ、1部屋当たり7リットルのお湯しかなかったのだそうです。」もっとも、スリランカの人は日常的に水のシャワーしか浴びないから、お湯をタップリという感覚はない。少しでもお湯が出ればそれで良しとするのがスリランカ流なのだろうか。

ホテル

庭のもぐら-クイーンズホテル  庭のもぐら-ホテルの部屋

 クィーンズホテルの正面   ホテルの100号室なかなかシックです。

 8時10分。グレードアップ組の人を“リージェンシーホテル”に降ろし、我々は、8時33分にキャンディ湖畔の“クィーンズホテル”に到着した。ちなみにこのクィーンとはエリザベスではなく、120年前のビクトリア女王のことだという。建物の床材は木で壁は白の漆喰、廊下などはゆったりと造ってあるので余裕を感じる。ロビーにはクリスマスの飾りがまだ置いてある。

時間が遅くなったので、小倉さんがチェックインをしている間に、夕食を取ることになった。皆さん疲れているので“ビールでも“と思ったら、”今日はノンアルコールデーだから食堂では飲めない“といわれガッカリ。何でも、新月と満月の時はアルコールを飲んではいけないというのだ。それが外国人であってもレストランなどでは提供してはいけないという。自分の部屋で飲むのは良いらしいのだが。飲みたいからといって、それまではしたくもないので今日はビール無し。

 庭のもぐら-夕食  ビールがない夕食

夕食のメニューは①ビーフン、②ビーフストロガノフ、③野菜炒め(インゲン、ニンジン、ズッキーニ)、④味付け米、⑤ポークソテー、⑥ジャガイモ、⑦ラタトゥーユ、⑧サラダ(キュウリ、タマネギ、キャベツ、トマト、豆)、⑨オニオンスープ、⑩ケーキ3種、⑪マンゴー、⑬オレンジジュース

味は完全にイギリス風という感じで、およそスリランカ風ではない。ワンプレートのごちゃ混ぜはいつもの通り。すると、マリアッチのような3人の楽団が来て勝手に演奏を始め、うるさくて食べた気もしない。やはりスリランカに来たら100%スリランカの味と料理で過ごしたいものだ。彼らには小倉さんがチップを払ったものだから、お礼にとばかりにさらに楽器をかき鳴らしている。やっと終わって。9時12分完食。

部屋へ

 割り当てられた部屋番号は100号室と切りがよい。階段を上がってもよいがエレベーターがあるというので利用することにした。ところがこのエレベーターは時代物で、外ドアと内ドアがあり、両方とも利用する人が開け閉めをしなければならないのだ。これもビクトリア時代の遺物だ。自動式になれているものにしてみれば、これもなかなか味があっ

てよい。9時20分に部屋にたどり着きドアを見ると、クリスマスのリースが飾られている。部屋に入り、荷物を解いてシャワーを浴び終わったらすでに10時になっていた。ヤレヤレだが明日の出発が10時だからそれでも良いかと思えた。ところで、シャワーはシャワー室になっていて熱湯が出たのでよかったが、シャワー室のドアの鍵が壊れていたので、足でドアを押さえていないと外がビショビショになってしまう。足技が必要だ。

室内には衣装タンスがあったので開けてみたら、中がカビくさいので急いで閉めてしまった。カーテンを開けると窓が開いている。閉めても閉まらない。よく見ると窓枠が斜めについているのだ。ドライヤーはもちろん無い。そういえば小倉さんが「ドライヤーを使いたい方は、フロントに頼んでください。50ルピーのチップでどこかから持ってきます。」といっていたことを思い出した。タオルはバスタオルのみで、体を洗うタオルは置いてない。結局、ビクトリア調の部屋というのは時代遅れのことなのだ。

少し慣れては来たけれど、若干のストレスを感じて今日も眠ることにした。明日の列車を楽しみにして・・・・。



ついつい不満ばかり書いてしまいますが、それだけわれわれが贅沢なサービスを求めていることでもあります。立って半畳寝て一畳の人間なのですから、寝る場所が何とか確保できればそれでありがたいと思うべきなのでしょう。仏様の歯に一歩近づいた人間は心も少し変化してくるのでしょうか。