お釈迦様はインドのブダガヤの菩提樹の木の下で悟りを開かれたそうです。お釈迦様をボーディと呼ぶこともあったので、この木を菩提樹というようになったとネットにでていました。
もちろん悟りを開いたときの菩提樹は切り払われてしまい、現在のものはスリランカから移植されたものだそうです。
車窓
「ここから、アヌラーダプラまでは約50kmありますので、2時間ほどかかります。」普通なら1時間以内なのだが、何しろ簡易舗装の一般道を走るのだからやむを得ない。それでも早いほうだろう。道路沿いは、相変わらず細分化された水田でたくさんの小サギがえさを食べている。農薬などはほとんど使っていないのだろう。この辺りの森林には象がたくさん生息しているとカピラさんが言っていた。水田や畑の作物は柔らかくておいしいから収穫時期になるとやってきて一晩で食べ尽くしてしまうそうだ。農家は象がくると困るのであちこちに番小屋を造って寝ずの番をするという。だから、あちこちの高い木の上に監視小屋が作られているのが見える。バスは9号線を北西に進んでいくが、現在道路の拡張工事中とのことでバスは上下左右に大きく揺れ、先ほど食べた食事がおとなしく胃袋に収まってくれない状態だ。それでも道路標識は高速道路と同じで、地図ではハイウェイとなっている。その中で同行者は半分の人が眠っている。1時間ほどたつと、バスは郊外を60km平均で快調に進み始めた。4時18分に左折して9号線から13号線に入り、31分に左折して12号線に入り4時37分に再び左折してアヌラーダプラに到着した。ところが、市内は交通規制があちらこちらにあり、なかなか目的地にたどり着けず、ようやく「スリーマハー菩提樹」を観光することになった。
スリーマハー菩提樹
スリーマハー菩提樹への参道 本物は黄色の棒で支えられている枝だけです
バスの中でカピラさんが概略を説明してくれた。「お釈迦様は菩提樹の木の下で涅槃に入られたのですが、紀元前3世紀ごろに仏教を保護したインドのアショカ王の息子マヒンダが仏教をスリランカに伝え、王の娘が菩提樹の分枝を持ってきてここに植えたのです。しかし、インドにあった菩提樹の原木は無くなっていますので、ここの木の枝を再び持ち帰り植えてあるのです。またそのほかの土地にもこの木の枝を持っていき植えているのです。3世紀には大乗仏教ももたらされ、ルワンウェリセーヤ仏塔が作られました。」
5時頃、ルワンウェリセーヤの白い塔の近くでバスを降りてからトイレをすませ、南に向かって参道を歩いて菩提樹を見に行くことになった。600mちかくの真っ直ぐな石畳の参道には仏教寺院を飾る“青、赤、黄、白、オレンジ”に彩られた旗が飾られている。途中にはたくさんの柱が残された場所があったが、ここには1600本の柱があってその上には“ロハプラサーダ”という7階建ての建物があったという。最上階は礼拝堂でその下に高僧が住み、下の階に行くに従って位の低い僧侶が住んでいたという。この寺院の敷地は、最盛期には5000人の僧侶が修行をしていたという。
5時28分にようやく菩提樹のあるところに着いた。狭い門を入り、靴を預けて裸足になり近づくと、菩提樹は数段の階段の上に植えられていた。階段下には蛇を頭上に置いた守り仏が一対置いてある。カピラさんが「正面の大きな木ではありません。左の方にのびている枝が、最初に植えられた菩提樹です。」というから、見ると金色の支え木で支えられた枝が1本左に伸びている。さらに「昔は他にも枝があったのですが、折れてしまい今はこれだけになったのです。又この木の周囲は広くレンガの塀で囲まれていますが、それは象に食べられないために作られたものなのです。5月と6月は特にたくさんの人がお供えをもってお詣りに来ますが、特にこの月の満月の日は、来た人全員に三食が提供されるのです。」と仏教国らしい説明もしてくれた。5時40分に靴を履き、参道に戻ると53分になっていた。
ルワンウェリセーヤ仏塔
ルワンウェリセーヤ仏塔 夕暮れの小雨の中の信者の皆さん
「この遺跡は紀元前2世紀に造られました。その後インドにより44年間支配されましたが、多数の死者が出たのです。そこでこのストゥーバが建てられました。」目の前には大きな円形の白いパゴタが見える。「ストゥーバの高さは100mありますが、土台は1世紀ごろに作られたもので、昔は柱と天蓋の下にあったのですが、その後改築され、頂上には金色の塔がつけられました。」パゴタの中からは多くの僧侶の読経が流れ、独特の雰囲気を作り出している。パゴタの周囲には白い衣服をつけた信者が真剣に祈りを捧げている。今日はどこかの縁日のようだという。ほぼ毎日異なる地域の縁日があって、その地域の人たちがお詣に来ているので、信者が絶えることはないそうだ。6時03分にパゴタを出て、15分にバスに戻り出発。外はずっと小雨が降っているが特に気にしている人もなく、門前にはハスの花を売っている人が多い。買う人も多く何を願って参拝しているのだろうか。
スリランカといえば「大丈夫か?」と心配する人がいるが、タミルイーラム解放のトラ“LTTE”のテロ活動が盛んだったとき、この寺院は365日連続して読経をして平和を祈ったという。現在はテロ活動も収束しているが、この寺院には自動小銃を持った軍人が各所に立っている。本当はまだ気を緩めていないのだろう。
イスルムニヤ精舎
6時41分にイスルムニヤ精舎についた。ここも裸足で入らなければならないので、面倒だからバスから裸足で行くことにした。この寺院は紀元前3世紀に造られた摩崖仏であった。岩山に出来た洞穴の中に仏像を造り、外側に建物を建ててあるのだ。お釈迦様の涅槃像があり、ツバメの巣が30くらいあったのは生き物を大切にする国だからだろうか。
この寺院もヒンズー教の影響を受けており、6~8世紀に作られた“王の家族”や“イスルムニの恋人”といったヒンズー調の石のレリーフも置かれていた。これは紀元前2世紀にこの地を支配していた王の王子と、身分の違う娘の恋の物語を掘ったものだという。黄昏時になった道をバスに戻り、6時58分出発。
野生の象がいた
今日のホテルは「ギリタレホテル」Girithale Hotelだが、ポロンナルワにあるので、2時間近く走らなければならない。イスルムニヤ精舎を出発したバスは13号線を南下し、途中から9号線のキャンディロードに入り、11号線に乗り換えた。その途中、リティガラ・ストリクト自然保護区の脇を通ったときで、8時38分のことだった。突如バスの左側に野生の親子連れの象が3頭現れたのだ。カピラさんによると、非常に珍しいことだそうだ。特に親子連れは警戒心が強いので滅多に道路に出てこないそうだ。このようなうれしいハプニングもあって、9時10分にグレードアップグループを「ディアパークホテル」に降ろし、22分にシリテール湖畔のギリタレホテルに着いた。
タイでもそうでしたが、ここスリランカでも多くの仏教徒が寺院を訪れ一生懸命に信仰をしています。何がこの人達をここまで動かすのでしょうか。
精神の解放のために信仰があるのでしょうか。日本は現世利益のために信仰があることが多いので、どうしても東南アジアの人たちのこのような行動が理解できないのかもしれません。彼らの姿を見ていると深く考えさせられるものが生まれてきます。





