東南アジアや南アジアの仏教は、上座部仏教であることはよく知られています。この仏教の目的はお釈迦様のように悟りを開くことです。ですから、日本のように如来や菩薩などはなく信者はお釈迦様をひたすら信仰していました。また出家されたお坊様は、お釈迦様のように悟りをひらくべく修行に励んでいらっしゃるようです。
上座部仏教の寺院をたくさん見てくると、これが仏教の本来の姿ではないかと思えてきます。
日本のように曼陀羅に描かれたたくさんの仏様を見ていると何がなんだか分からなくなってしまいます。宗教はもっとシンプルな方が良いのではないでしょうか。と思ってしまうのです。これも異文化理解の一つでしょうか。
ダンブッラ石窟寺院
ダンブッラ寺院入り口付近の金色のお釈迦様 下足預かり所
ネゴンボを、朝の7時38分に出発してから5時間も走ったので腰が痛くなっている。バスを降りると正面に金色の大きなお釈迦様の像が座っている。ここでも有料のトイレを済ませて、小雨が降る中を階段と坂道を登っていくことになった。
雨に濡れた石の階段、自然の石の坂道、石畳の坂道を登っていく。前半の124段を登ったところに平らな広場があり、そこから後半の110段を登っていくとようやく寺院の入り口に1時30分にたどり着いた。そこからは、土足禁止なので靴を脱がなければならない。何事もお金次第で、有料の土足預かり所があってそこで靴を脱ぎ、裸足で寺院に入っていくことになった。きっとそれを見て久米の仙人は何回雲から落ちそうになったことだろう。この石窟寺院は紀元前1世紀から18世紀まで増築し維持されてきたので、このような大規模なものになったのだという。石窟は5つあり、1~3窟までは紀元1世紀からのもので、4と5窟は16~18世紀の石仏が納められている。
お釈迦様の涅槃像(必ず右下) 仏足裏 車輪と金箔が見えます
1窟に入った。ここには紀元前1世紀に作られた、大理石の長さ12~13mのお釈迦様の涅槃像がある。13世紀にはこの像に金箔を貼ったのでここをゴールデンテンプルというようになったのだそうだ。両足の裏は少しずれているのはお釈迦間が生きているということだという。また、お釈迦様の足の裏には、輪廻を表す車輪が描かれている。
2窟に入った。ここには58体のお釈迦様の像とヒンズー教のビシュヌ神の像が置かれている。ここの像は、紀元前1世紀以降に作られたものであるという。58体のお釈迦様はすべて頭の上に飾りをつけているが、これは悟りを開いた人という意味を持っているのだという。また、お釈迦様の像はそれぞれ異なった印を結んでいるが、①あぐらの上で両手を重ねているのは“瞑想“、②両手を離して手のひらをこちらに向け胸の前で広げているのは”祝福“、③一方の手を上げて手のひらをこちらに向け、もう一方の手を下げて手のひらを下向きにしてこちらに向けているのは”教える“、④両手を交差させて胸を抱く形は”心配“を意味しているのだという。
奉納されたお釈迦様の像 白いパゴタ
3窟に入った。ここの像は3世紀頃までの像が中心で、赤い色がつけられているのは18世紀のもので新しい。57体の像はお釈迦様だが、1体は別の仏様だった。
4窟に入った。ここには中央に大きな白いパゴタがあり、その周囲に21体のお釈迦様が配置されていた。
5窟に入った。ここの像は18~20世紀に造られたもので11体が納められていたが、まだ新しいということもあり、金箔を貼ってあった。
1~5窟の天井には花をモチーフにした絵が描かれ、お釈迦様がいらっしゃるあの世というものはさぞやこのようなものではなかろうかという世界を作り出していた。
この石窟寺院は、巨大な岩石をくりぬいて造られたもので、降った雨が石窟内に入り込まないようにひさし構造になっていた。1時34分に寺院を見終わり、バスに戻ることになったが、雨はまだ細かく降っているため、裸足のままバスに戻ることにした。
スリランカは上座部仏教なので、僧侶は修行をして、お釈迦様のように悟りを目指すのがその目的となっている。だから、観音様の像はどこにもない。ガイドのカピラさんは“小乗仏教”と言っていたが、これは、この仏教を差別的にいう言葉なのでいただけない。
スリランカの石
移動中の畑や水田の中に石がいくつも見えたし、象の石という町もあった。そして、ダンブッラの石窟寺院。スリランカにはこのような石があちこちにあるが、これらは、アフリカ、インド、オーストラリア、南極などがかつて一つの大陸であった時の名残である。これらの岩石ができたのは数億年も前のことであり、スリランカが現在の位置にやってきたのは数千万年前のことなのだ。だから石を見た感じはとても硬いため、水田などから取り除くことができず放置してあるのだろう。またその硬さを利用して、この石窟寺院が作られたのでもある。最もスリランカを構成している石が非常に古い(学問的にはプレカンブリア紀という)ために、様々な貴金属や宝石が生産できるのだから、トータルで見ないと良いか悪いか分からないものだ。
濡れているので足下が滑りそうなので、こわごわと坂道を降りてきて1時56分にバスに乗車した。きっと、皆さん膝が笑っていることだろう。そして昼食後は眠ってしまうことだろうが、ひょっとすると自分が最初に寝てしまうかもしれない。バスは1時58分に出発。
昼食
石窟寺院を出たバスは、左折して9号線を北上していく。すると1kmほど進んだところに広い野菜の市場があった。この町はスリランカのほぼ中央に位置しているので、交通の便が良く各地から野菜が運び込まれ、取引されて各地に出荷されていくのだという。その作業は24時間休み無く続けられているというから、この国は一年中野菜の生産がとぎれることがないようだ。この野菜市場から400mほど北上し、2時10分になってようやく今日の昼食レストランであるギマンハラホテル「Gimanhala Hotel」に着いた。
メニューは①白米、②味付け米、③赤米、④スパゲティ、⑤野菜炒め(ニンジン、インゲン、キャベツ)、⑥チキンカリー、⑦野菜カリー、⑧野菜スープ、⑨ライオンビール625ml 4.8% 400ルピー
暑い国のせいか、レストランは屋根があるけれど壁が無く、風通し良く作られている。そのため虫や小動物が自由に入ってくる。仏教国であるからそれらを追い払おうともしないしハエはたき等というものはないようだ。米はインディカ米なので粘つきはなく一粒一粒がぱらぱらとしている。野菜炒めは今朝もあったのでこのパターンは定番なのだろうか。カリーやサラダのドレッシングは香辛料が良く効いているので、食べ終わってから口の中はまさに火がついたようで、普通の顔をしていられない状態になってしまった。素材の味を生かすというより、香辛料でごまかしている気がするが、地元の人にしてみればこの位は普通なのだろう。2時47分完食。2時57分、アヌラーダプラに向けて出発。
スリランカの寺院は自然の中につくられ、素朴に信仰されている印象でした。
食べ物は熱帯なのでしょうか、香辛料はとても強く効いています。発汗作用や食べ物の衛生を考えた先人の知恵がここに現れているのではないかと思いました。







