出雲大社をお参りしてから、バスは山陰海岸を東に向かって行きます。宍道湖・中海を経て鳥取へはいるのです。
車窓から
左手に「出雲ドーム」が見える。木造ドームで、これが出来たときにはマスコミなどで大きく取り上げられたが、いまでは他県民では知る人も少ないことだろう。道路の左右は水田とのどかな田園地帯が続いている。出雲平野のこのあたりでは、各家々が家の北と西に松を植え、防風・防雪・防火に役立てている。富山と同じで散村形式になっているのだ。「このような木を築地松と呼んでいます。この築地松が立派である家は、それだけ格式がある豊かな家ということになりますから、結婚するならそのような家へ、というのが判断基準になっていたようです。」一面の水田地帯のはずが、所々に緑の濃い“大豆畑”が広がっている。減反政策による転作なのだろうか、とにかく大豆畑が多い。湯ノ川で左折して国道9号線に入り、宍道湖岸を東へ進んでいく。「湯ノ川温泉は三大美人の湯です。」とか「このあたりでとれる、来待石は苔の生えやすい石として灯籠などに加工されています。このあたりにだけしか産出しません。」と地元をほめる言葉を連発する。
いずもまがたまの里伝承館
2時45分、トイレ休憩をかねて、「いずもまがたまの里伝承館」に立ち寄った。この伝承館は、勾玉作りを体験できる観光施設だ。この近くは玉造という地名だから、大昔から勾玉の産地だったのだろう。近くにある花仙山というところが瑪瑙の産地だったので、それを使用して勾玉が造られていたようだ。何しろ石が硬いから、ひもを通す穴を開けるのは大変だ。機械のない時代はどのようにして開けていたのだろうか。やはり特殊な技術を持った職人集団がいたのだろうが、では彼らはどこから来たのだろうか。疑問をのせて、3時05分出発。やはり山陰地方は、地名の呼び方や生産物にも違いがある。近畿や関東とは異なった文化が昔からあったのだろう。
足立美術館
足立美術館表石 足立美術館庭園
3時12分に松江を通過。バスはとぎれとぎれのバイパスをつないで、国道9号線を快調に東へ進んでいく。道路の隣には単線の山陰本線が平行しているが、バスで走っている間に一度も電車とすれ違ったことはない。26分に安来インターチェンジを下り、県道45号線を左折して、田園地帯には似つかわしくない良い道を内陸へ進んでいく。3時30分頃再び雨が降ってきた。飯梨川に沿って上流に向かっていくと、ここでも河川敷には白い中州がいくつも見える。3時40分に「足立美術館」に着いた。美術館は田園地帯の真ん中にぽつんとたてられている印象を受ける。駐車場の隣に「安来節演芸館」があるのも奇異な感じだ。「足立美術館は足立全康さんが私財を投じて作られたものです。足立さんは安来出身で貧しい生活をしていましたが、商才に長け大阪に出て不動産業などで財産を築きました。美術作品に興味をもち、70歳の時に足立美術館を設立しました。その後、横山大観の屏風を見て感銘を受け、それ以来横山大観の作品を大量に収集したのです。そのほかにも河井寛次郎や北大路魯山人の作品も集め、遠くの山を借景にした庭園も造り、どの季節に来ても人を飽きさせない景色を見せているのです。ここの観光時間は90分とってありますので、出発は5時10分といたします。」建物は旧館と新館に分かれ、まず旧館に入った。1階の廊下を歩いていくと、大きなガラス越しに庭が様々な角度から眺められるように出来ている。庭は十分な手入れがなされどこを見ても非の打ち所がない。作品展示室には季節によって収蔵品を入れ替えているようで、前田青邨、川合玉堂、安田靫彦、川端龍子、伊藤小坡、橋本関雪といった名前が見える。もちろん中心は横山大観で、足立美術館というより大観美術館の方が通じるくらいなのだ。途中の喫茶室のコーヒー1杯1000円は高すぎる。新館に行くとそちらは陶芸館になっていた。1階は河井寛次郎、2階は北大路魯山人のものだ。河井の作品は芸術に走っているせいか、作品に生活感がなく、どことなく益子焼きに似ていると思って経歴を見てみると、果たして、バーナードリーチや浜田庄司との交流があったと書いてあった。北大路魯山人の作品は、食通から陶芸に興味を持った人なので、その作品には生活臭の中に芸術性を見て取ることが出来る。地下道を通って新館の別室にはいると、そこには最近の院展に入選した大作がいくつも展示されていた。5時07分にバスに戻り12分に出発。
田園地帯の中に忽然とこのような最高峰の美術館を造るのは全く奇異なことだが、これによって多くの人の雇用を生み出しているのだから、足立さんのお金の使い方は正しいと思わされた。やはり文化の力は大きいものだ。
大山ロイヤルホテル
出発すると間もなく、添乗員の馬場さんが「皆さんご苦労様でした。それでは今日ご宿泊になる大山ロイヤルホテルのお部屋などについて、メモをお渡しいたします。」とメモが配られた。「大山ロイヤルホテル、9階934号室、夕食は2階で6時から8時30分、朝食は2階で6時45分から、出発は8時00分」となっていた。「なお鍵は各お部屋に置いてあるそうですので、チェックインなしで直接お部屋に入ってください。」バスは、日吉津村の王子製紙や米子を通過して、大山を登り始め、5時52分にホテルに到着した。駐車場は自家用車ばかりでいっぱいだ。6時に部屋に入り、すぐに食事をすることにした。
夕食
ホテルは人手不足なのだろう。和洋中華のバイキングだ。食堂はとてつもなく広く、見渡してみるとここは宴会場だ。席を確保してから料理を物色し始めた。
メニューは、ちらし寿司、刺身(カンパチとイカ)、そば、ローストビーフ、甘エビ、
牛肉の煮込み、天ぷら、焼きそば、クリームパスタ、赤みそのみそ汁、中華スープ、
牛乳プリン、長芋のムース。
おいしいものをお代わりしてしまったので、食べ過ぎであった。焼きそばとクリームパスタを除けば、味がとても良かったのである。ただ近くのテーブルにうるさい子供が2人いたのが最大の不満だった。公衆道徳を小さい頃から教えておいてほしいものだ。
6時25分に食べ始め7時05分に完食。エレベーターが混んでいたのでなかなか部屋に戻れない。食べ過ぎ状態はみんなにもいえるようで、「いじきたない」とか「育ちが分かる」などという言葉が聞こえてくるが、他人のことはいえない。戻る途中にビールを一缶買って帰ることは忘れないのだから。それを部屋でゆっくりと飲んでからベッドで一休み。
お風呂
鳥取・島根はあちこちで温泉がでている。このホテルは露天風呂が温泉で、室内は沸かし湯だ。8時になったので風呂へ行くことにした。疲れていたので部屋の風呂にでも入ってそのまま寝てしまいたい気持ちもあったのだが、大浴場もあることなので、奮い立って出かけた。大浴場は地下1階でうるさいゲーム機の脇にあった。時刻は8時20分を過ぎているのにお風呂は比較的混んでいる。露天風呂などにも入って手足を十分に伸ばし、お腹がポンポコリンになっているのに、こわごわ体重計に乗って、ビックリ!!数字はとてもいえない。女風呂は大混雑だったようで、髪の毛を乾かす隙間もなかったとか。とにかく温泉に来ると女性は長風呂で、鏡の前に座る時間も長い。次の人のことなど毛ほども考えないものらしい。
就寝
再び混雑するエレベーターに乗って部屋に戻ったのが、9時15分。体が温まっている間にベッドに潜り込んで寝たのだが、相変わらず夜中にトイレで起きたのは1時40分だった。





