ヨーロッパの小国、サンマリノ国に行ったのです。でも、同行者を含め希望を叶えることが出来なかったのです。


車窓より

 6時00分、アペニン山脈を西から東へ移動をしている。トンネル、鉄橋、右左と急カーブをバスは進んでいく。曇っているせいもあるが空はだんだんと薄暗くなってきた。6時40分、今度は平坦地を走っているが、雨が相変わらず降っている。バスや車は間欠ワイパーを動かしている状態だ。畑にとっては恵みの雨だろうが我々にとっては迷惑だ。でも西の空を見ると、雲はそれほど厚くないので、この雨はたいしたこともなくやむだろうと思われる。平坦な畑は遙かに山裾まで広がっている。作物は今まで見たものと変わりはないが、オリーブが少なくなった感じがする。このころ気が付いたのだが、イタリアの農地に家畜が放されている景色をほとんど見ることがないのだ。ドイツやスイス、フランスなどでは畑や木陰に牛がのんびりと草をはむ姿をよく見たのだが、ここイタリアでは馬を20頭ほど見ただけだ。いったい牛はどこにいたのだろう。暑すぎるのだろうか。

休憩

 7時になった。シェフ・エクスプレス“Shef Express”というドライブインで休憩。雨が激しくなってきている。水を買うことにした。もちろんNaturaleと書いたガスなしだ。1.5リットルが2.1ユーロだから、500ccあたり0.7ユーロになるので、1本お買いあげ。トイレが済み次第出発。

再び車窓より

          庭のもぐら-ジョーズの背びれ  

遠方の岩山がサンマリノ国なのです。まさしくジョーズの背びれです。

 バスは単調に、快調に進んでいく。居眠りをしたのだろうか。マッシモがいきなり急ブレーキをかけたみたいだ。次の瞬間、自分の体が椅子から離れて空中にあった。ゆっくりと下に落ちていき、床にドッタンと落ちていた。特にケガもなく急いで椅子に戻って知らん顔をしていたのだが、知る人は知っていたみたいだ。7時40分ごろ、鈴木さんがマイクをとって「サンマリノが見えてきました。遙か右の方に、ジョーズの背びれのような山が見えますが、あそこがサンマリノです。」という。山は小さくかすんでいるから、到着するまで相当時間がかかることだろう。おまけにバスはその山に向かって進んでいないのだから。

ホテル

庭のもぐら-ホテル・プリマベーラ グランドホテルプリマベーラの車寄せ

8時になったら、ようやく道路を右折してサンマリノ方面へ進み始めた。つづら折りの上り坂をかなり走って、8時24分にホテルに到着。ホテルの名前は、グランド・ホテル・プリマベーラ“Grand Hotel PRIMAVERA”。

何しろ狭い国で、土地も斜面ばかりだから、大型バスを止めるスペースがほとんど無い。マッシモさんは必死になって、バスをぎりぎりに停めた。部屋は2階だが番号は忘れてしまった。鍵に房が付いていたような気がするのだが。

「9時10分から夕食となりますので、ホテルのレストランにお集まりください。」ということで解散。部屋で荷物を解いてすぐにロビーに集合した。その理由は、ロビーの隣に女性向けの化粧品などが壁いっぱいに並べられていたからだ。女性たちはそれに食いついて離れない。何人かは購入希望でいくつかの商品をキープしてもらっていた。それにしても受付の長身の女性は笑顔で親切な方だった。ひと渡り騒ぎが収まってレストランへ直行。

レストランはあまり装飾もなく、あっさりとしていて清潔な感じがする。

庭のもぐら-ワイン  庭のもぐら-ペンネ  庭のもぐら-若鶏の香草あげ

白ワイン       マカロニペンネ     若鶏の香草揚げ

メニューは

①グラスワイン(白)サンマリノ産  3ユーロ
②パスタ(マカロニペンネ)、ミートソースがけ  ③若鶏の香草揚げとジャガイモ

④デザート(レモン味のプリン)

ワインはマイルドすぎてあまりパンチがない。はっきりしていない感じがするが、これもその人その人の好みだから、良くないとは断定できない。体調によってはおいしく感じるかもしれないのだ。パスタは味がはっきりしない。イタリアのパスタ料理は全体に同じ傾向だ。パスタのゆで具合は柔らかめで歯ごたえはあまり無い。ひき肉は少し堅い感じだ。

若鶏の香草揚げは、肉があっさりとしているが量的に多い感じがし、ナイフとフォークでは食べにくく、手づかみで骨だけ残してきれいに食べた。デザートはとても甘く柔らかい。文句は言っても出されたものは全部食べてはいるのだ。夕食が終わったのは結局10時を過ぎてしまい、部屋に戻ってシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだのは11時15分になっていた。明日は8時出発だ。

7月20日(水)

朝食

 いつもと同じく6時前には目が覚める。朝食は7時からなのでそれに合わせ準備だ。

荷物も7時までに出さなければならない。ばたばたと準備をしてからレストランへ。

庭のもぐら-朝食  野菜は無いが乳製品は豊富

メニューは

①クロワッサン、②パウンドケーキ、③プラムとアプリコット、④スクランブルエッグ、

⑤ベーコン2枚、⑥牛乳、⑦ヨーグルト

パンの類は堅いものが多くクロワッサンなどのペストリーやケーキ類がたくさん出てくる、ということはこのあたりの小麦が軟質系だからだろうか。そろえてある品々の数が少ないのは、ヨーロッパ人の朝は少食だからだろう。天気は曇りで気温は少し低め、風もあるから、長袖がいいかもしれない。7時25分完食。

出発

 7時49分に、マッシモさんが巧みなハンドル操作で、狭い駐車場からバスを道路にだし、サンマリノの旧市街へ向けて出発した。鈴木さんが「皆さんおはようございます。マッシモさん今日も一日運転よろしくお願いします。忘れ物はありませんか。パスポート、携帯、充電器、メガネ、カメラ、財布、指輪、ネックレス、金銀財宝大丈夫ですね。」といつもの確認をした後に、今日の旅程を説明した。バスはホテル前の急坂をつづら折りに上って旧市街に向かっていく。サンマリノはこれといった特色のない国なので、1時間程度あれば観光は終わってしまうとのことだ。8時00分にサンマリノの駐車場に到着した。

サンマリノの蘊蓄

 サンマリノは、バチカン、モナコ、リヒテンシュタイン、マルタに次ぎ世界で5番目に小さな国だ。世界最古の共和国だという。共和国とは「王や皇帝や独裁者がいない国」のことだ。だから日本は共和国ではない。建国は、4世紀にさかのぼる。今のクロアチアにいた石工のマリヌスが、ローマ帝国からキリスト教迫害を受け、現在のサンマリノの山に潜伏した。900年代になってその存在が知られるようになり、1631年に独立を承認された。その後何度か侵略の危機にあうが、辺鄙な岩山でそれほどの経済価値や軍事的価値がなかったので、そのままにされ、現在に至っているのだという。イタリアが統一された150年前にはその功績が認められて独立が維持され、1992年には国連にも加盟している。自動車レースのサンマリノグランプリが行われていたが、国内では開催できないため、2007年にその開催が取りやめになってしまった。

サンマリノ観光

 庭のもぐら-サンマリノの城壁   庭のもぐら-サンマリノでの記念写真

サンマリノ国の城壁        旧市街地の何かの建物

駐車場に着いて石垣沿いを歩いてから、エレベーターで旧市街地にあがることになったが、人数が多くて止まってしまった。68段の階段をぽつぽつ上がると、風が強く、寒く感じるくらいだった。鈴木さんが、「これだけの町ですから、観光はすぐに終わりますので9時15分に出発します。」ということで、自由行動。この国の最大の目的は、町を見ることもあるが、サンマリノ国に入国したことを証明するために「パスポート」に入国印を押してもらうこともある。その場所は、警察署の隣のインフォメーションセンターだという。開所は9時00分の予定。でも係員の気分で変わることもあるようだ。土産物店の並んだ石畳の坂道を右に左に折れ曲がって市街地を上っていく。北西の端に来るとそこにはロープウェーがあり、広く下界を見ることができた。さらにその向こうには、アドリア海が霞んで見える。さらにその先には、大先祖マリヌスの故郷クロアチアのダルマチア地方があるのだ。この近くにもインフォメーションセンターがあるので、パスポートを出して入国スタンプを押してもらえないかと頼んだが、ここではだめだと断られ、記念写真を撮ってから引き返し、お土産屋さんでコーヒー缶3.99ユーロを2缶買うなどして時間をつぶした。9時に近くなったので、本来のインフォメーションセンターに行き事務所が開くのを待ったが開かない。ノックをしても声をかけても開かない。時間がきたので一同うちひしがれて、バスに戻ることになってしまった。せっかく訪問したのにきわめて残念だ。日本に帰ったら必ず「サンマリノ大使館」に手紙を書かねばならないと決心をして、バスに戻った。9時15分出発。



旅の楽しみは、観光で異文化とふれあえることですが、その中でも食べ物は最大のものではないでしょうか。ブログを書いて写真を載せるとどうしても食べ物についてのものが多くなってしまいます。サンマリノを出発して次はベニス(ベネチア、ヴェネチア)に向かいます。