途中キョボ文庫に立ち寄り、オモニに道を聞いて土俗村につきました。
土俗村
清渓川を出発して太平路に戻り、北上を再開し東和免税店の筋向かいにあるKYOBOという本屋に立ち寄った。この本屋は地下にあるとても大きなものだ。でも、ハングルだから大量の本や地図があっても全く分からない。世宗路に出るとそこの交差点に朝鮮伝統建築の「紀念碑殿」がありその境内に「道路元標」の石碑が置かれていた。「世宗路」を渡って、途中を左折し、土俗村に真っ直ぐ向かう斜めの裏道を歩くことにした。およそ600m歩くと光化門からの大通りにぶつかり、そこを横断して土俗村を探した。裏道に入ってそこにいたおばさんに「オモニ」と声を掛けて、土俗村の名刺を見せたら、こっちだと隣の路地を示してくれた。その道は昔の朝鮮の風情を残したところだ。少し歩いていくと、「土」という字がちらりと見える黄色の看板が光っていた。それを目指して進み、6時25分に「土俗村」に着いた。この店は緩やかな坂道の途中にある平屋造りで、入口は狭くそれほど大きな構えには見えない。入口を入り、「2名」と言うと、“こちらだ”と案内された。周りを見回すと、あちこちの部屋(房)でたくさんの人が食事をしている。この店は「蔘鶏湯」が有名なので、お客はすべてといって良いほどこの料理を食べている。曖昧な記憶に残ったお店の見取り図は次のような感じであった。
トソクチョンの店構え 名物サムゲタン
料金表 サムゲタン1万4千ウォン 食事風景、黄色はオンドルの床
房に席を指定されて座布団二枚を使って座ると、トウモロコシ茶とややクセのある食前酒が出された。「蔘鶏湯」を注文すると直ぐに運ばれてきた。6時35分。長テーブルの上には、各グループごとに壺に入れた白菜キムチとカクテキが置かれ、おかわり自由になっていた。
まずキムチ。白菜は一辺が7~8cm四方と大きめに切ってあり食べ応えがある。味は少しピリ辛であるが発酵が少し足りない感じだ。カクテキは1.5~2cmの立方体で味はやや甘め。「蔘鶏湯」は14000ウォン。若鶏のお腹にモチ米や栗、高麗人参、銀杏などを詰め込んで十分に煮込み、熱い陶器の容器に入れて松の実とネギがトッピングしてある。沸騰しているスープはクリーミーで味はあっさりとしていて食べやすい。素材の味が良くしみ出ていてなかなか良い感じなのだ。しかし食べているうちに、単調な味に飽きが来てしまった。量的には少ないような気がしたが、この程度でよいのかもしれない。落ち着いて周りを見てみると、この房には28人、隣の房には20人がいる。立て膝で食べている人もいて韓国文化を感じる。房の床はコンクリートか土の上に布を貼ってあり黄色に着色されている。オンドルの熱が来ているのだろうか、それほど冷たく感じないのだ。
この家の造りを見てみよう。土俗村はかつての両班の家を再現したもので、木材をふんだんに使って作られ、中庭を囲むように部屋(房)が配置されている。店員さんはこの房をまめまめしく動き回り働き者だという印象を受ける。7時に完食。
【トソクチョンの見取り図をワードで書いて貼り付けようとしたら出来ませんでした】
裏通り
7時25分に土俗村を出発した。さすがに外は暗くなっていたが、歩いてホテルまで帰ることにした。裏通りを歩いていくと下町の雰囲気が漂ってくる。この通りは世宗路などの大通りが南北なのに対して、北西から南東へ斜めに走っている。明洞の路地の入り方なども同じなので、このような斜めの道がソウルの昔からの道なのではないだろうか。
この路地が終わりに近づくにつれて、道の左右は軒並み飲食店になってきた。その中で、チヂミを専門に焼く店があり、中ではアポジ達が肩を寄せ合いマッコリでも傾けているのだろう、良い雰囲気を出している。片側4車線の大通りの1つ裏側がこれだからソウル市民の人情は変わっていないようだ。7時50分にプレジデントホテルに到着。帰りはあっという間だった。
プレジデントホテル
1723号室に戻ると、外がきわめてうるさい。どうも3.26にちなんだ韓国の英雄をたたえる集会が行われているようで、テレビ局も来ていた。韓国の人達のエネルギーが熱い。8時30分まで続いていた。
今日一日の出来事を思い返し、ビールをボチボチと飲んで、いつもの薬も飲んでシャワーを浴びて、10時頃に就寝。今日は一日が長かった。でも今日の後半組はまだ日本上空を飛んでいるのだから贅沢は言えない。
明日は、北村当たりを観光します。



