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フルカワJAZZ道場

お気に入りの1枚を探すために

学生の頃、北九州のどこの銀行か信用金庫か忘れましたが、クリスマスのダンス・パーティーの演奏のアルバイトの依頼がきた事がありました。まあ、時代も時代ですから、松田聖子の「夏の扉」(その頃トップ・アイドルだった。)を演奏すると爆笑が起こり(冬に夏もないものだ)、みんな踊りにくそうでしたが、何曲か歌謡曲の他にも「黒いオルフェ」や「キサス・キサス・キサス」などボサノバやラテンの曲を用意していたので、やっと少しずつ踊りの輪が広がっていったのでした。あの頃はボサノバやラテンがダサいとバンド・メンバーは言っていたけど、今はカッコイイ、オシャレだと誰もが聞く時代がこようとは。変われば変わるものです。
今回は「レッツ・ダンス!!!!!!!」

 

「ザ・コンチネンタル」

レイ・アンソニー・オーケストラ
”キャンパス・ランパス”より  
このバンドはジャズ寄りというよりはダンス・バンド寄りの楽団です。バンド・マスターのレイ・アンソニーはグレン・ミラー楽団にも在籍していたこともあります。主にキャンパスやボール・ルームで人気があったようです。グレンミラー風あり、カウントベイシー風あり、その上バンド・マスターのレイのトランペット・ソロありと、スウィング・オーケストラとしては盛りだくさん内容となっております。ブラス・アンサンブルの間に挟まれるトランペットのソロが、懐かしいジャズ・エイジのロマンチックな慕情をを呼び起こすようです。
優雅に踊る人達の集うボール・ルームが見えるような、軽快なメロディーで始まりますが、途中で”そよ風と私”風のメロディーにがらりと変わり、ユーモラスな表情が急にムーディーに変わるのが面白いところです。レイのトランペットのハリー・ジェームス楽団ほどソロが前に出ていないが、ソロに入るなりみんなの耳を釘付けにする、隠れた主役的な位置がとても印象的です。
ジャケットのイラストがとても目を引きます。レイ・アンソニーはケーリー・グランドに似ていたそうなので、真ん中の人物は本人かもれ知れませんね。

 



 

「オパス・ワン(作品一)」

サイ・オリバー・オーケストラ
”センチメンタル・サイ”より  
トミー・ドーシー楽団のレパートリーでもあるこの曲は、元々サイ・オリバーの曲です。サイ・オリバーはジミー・ランスフォード楽団やトミー・ドーシー楽団で活躍した名アレンジャーで、自ら歌い、トランペットも吹きます。スイセンの曲は音の出だしが超絶スタッカート(ものすごく速い)なので、度肝を抜かれます。気持ちよくスウィングする威勢のよい曲です。他にも同じアルバムに入っている「シカゴ」は、混声コーラスを巧みに使うアレンジがいい味をだしています。
サイ・オリバーのリーダーアルバム以外でも、クリス・コナーの「バードランドの子守唄」でも3曲共演しています。特に「アスク・ミー」は掛け声のようなコーラスと口笛の使い方が粋で、歌声と演奏のコール・アンド・レスポンス(掛け合い)が楽しいので、そちらも聞いてみるといいかもしれません。

 

 

「僕はセンチになって」

トミー・ドーシー楽団
”ザ・ベスト・オブ・トミー・ドーシー”より  
ミュージカル映画全盛の頃、ジャズ・オーケストラのバンド・リーダーは俳優としてひっぱりだこで、本人役で楽団とともにいろんな映画に出て、粋な演奏を当然よく似た俳優が出演するのですが、本人が自伝映画に出ていた例もあります。それが「フュビラス・ドーシー・ブラザーズ」、トミー・ドーシーとジミー・ドーシー兄弟です。
子供の頃から父親に楽器を教え込まれ、オーケストラを組んでヒットをとばし共に成功していくのですが、音楽的な意見の食い違いから、ケンカ別れをします。それぞれ自分の楽団を持って別々の道を歩む2人ですが、やがて父親の死をきっかけに和解するのです。なんか日本のナントカ兄弟と似ていますね。でも父親の死でも和解しなかった花○兄弟はどうなるのでしょうか。勝手な心配をしています。
スイセンの曲は多くのプレイヤーがカバーしている物悲しく心寂しさを感じるメロディーです。スイング・バンドのトロンボーンのソロ曲としても1、2を争うものでしょう。

そして演奏が終わって、パーティーの幕は降りました。
最初終わった後で残った料理を食べてもいいという
ことでしたが、結局すぐ片付けるので早々に退散して
欲しいと言われ、何も手がつけられませんでした。
(まあ弁当は出ていたと思いますけど。)
それでも鳥の丸焼きをビニール袋に詰めて帰った
強者もいて、本当にアッパレでした。