雨の日には読書 珈琲にはChet Bakerを -19ページ目
できるか

できないか

そればかり

気にし過ぎて

すること自体を

止めてしまうのは

なんて愚かしいことなのかと

最近とみに自戒していたところ

友人たちの

どうなるかわからないけれど

しないで終わることはしたくないからとの

発言や行動を見聞きし

全くその通りだと

改めて思っているところです


したいことは

しているような風をして

一番のものに

手を払われるのを恐れて

一番のことばかり

せずにいるのは

やはり虚しいことだ


そんなことを思っているところです


思わせてくれた友人たち

ありがとう
来月、久しぶりにアロマの講習を受ける。


何年も前から気になる講座があると受けてきたスクール。

エリア担当の講師の方とも少し顔なじみになっていた。



去年は、ハーブと精油の資格試験を色々と受けたけれど、

講習は取らなかったので1年ぶりということになる。




受講案内に講師の先生からメッセージが書かれていた。

今まではなかった気がするので、覚えていてくれたのだと少し嬉しくなった。




今回は、女性の周期による体調の変化やそのしくみ、とアロマのお話だそう。

ここ数年、気になっている内容だったので楽しみだ。



女性の生理周期、よくよく考えると本当にすごいなぁと思う。



月の満ち欠け(28日周期)に関係しているとはよく聞く話。

ちなみに潮(海)の満ち引きもそう。


(うみと書いて変換したら産みと出た)


初潮には、だから潮という字が入っていると教えてくれたのは、

小学校の保険体育の授業だったかな。


あの「男子は体育館へ、女子は教室に残って下さい」授業は

今も行われているのかな。



女の子には、おませさんはもちろん、おぼこい子も当然いたので、

初めて見る黒板に描かれた図解をぽかんと見ている子もいれば、

男子の声が聞こえるやいなや、走ってそれを消しに行く子もいた。



それとも昨今は、男子もドッヂボールに興じることなく、

女子と同じ教室であの話を聞いているのかな。




産科で看護師をしている友人が、満月や新月は出産や亡くなる方が多くなると教えてくれた。


科学的根拠や統計学的にどうなのかはわからないけれど、

人の身体に宇宙の数字ってものが関係していてもおかしくないかもしれないなぁと思う。



そういえば、生理の不調


月経前症候群に悩む人

生理中に辛い人

排卵時の痛みや不調を抱える人

生理後の貧血症状を訴える人

と、いろいろあると聞いた。



でもこれじゃぁ、一年中えらいこっちゃということだよな…





今回の授業がそういう内容かどうかはまだわからないけれど、

数十年経て、

実は男子が体育館に行っている間に聞いた話は、

自分達の生活を揺るがすような大事なことだったと気付いた

かつての女の子だけで聞く授業も、悪くないかもしれない。
今日は寝不足。



秋の夜長に夜更かししたせいではなくて。





実は、住んでいるマンションの上の階の人、


夜中の1時と朝の6時頃に掃除機をかけるんです…。



以前は朝5時半だったし、夜中の時間は2時頃の時もある。





毎日なのかと思いきや、しばらくしなくなったりするのでよくわからない。





マンションなのだから、生活の音はある程度仕方がないとは思う。



けれど、この時間はちょっと許しがたい。




それに、

掃除機で床を(こちらの天井を)ガシガシこする音や、

掃除用のコロコロ(たぶん)を床に何度も転がす音、

あちらこちらへと急いで駆ける足音には、

よっぽど熟睡していないかぎり目が覚めてしまう。





うるさくて迷惑なのはもちろんなのだけれど、

それ以前に一体なぜにそんなに掃除をしているのだろう…





それ以外は、隣家も周辺も静かで住みよい家なのだけれどなぁ。
昨日、車の運転中、

今日はやけに肩こりがなくて調子いいぞと思って、

はっと気付いた。





ブラジャーを、つけていない…





あぁぁあぁ、ついに私もここまで来てしまったか。







そのままではどこにも寄る事ができないので、

途中のイオンで急遽購入。




予定していないブラジャーの購入って結構痛い支出だと思う。




購入後、試着室を借り装着してお店を後にした。




しかし、

やっぱり肩こりの大きな原因のひとつはブラジャーを着けていることのような気がしたのでした。

まるっと二年服用してきた薬、

もう飲まなくてもいいですよと太鼓判を押してもらえた。


一ヶ月後に調子はどうか受診する必要はあるけれど、

通院もそれが最後になる(予定)。




不調になった時はもちろんだけれど、

薬を飲まなくてはいけないとわかった時は不安だった。




服用中は妊娠できない。



特に強く願っていたわけではないけれど、

年齢も年齢なので、縁をもらえる時間も有り余っているわけではない。

そう思うと、なぜ今になって不調になったのだろうと更に焦った。




「いつ止められるのか」

「まだ止められないのか」

そんな焦りを見てとった主治医の先生に何度となく言われた言葉。

「大切なのは、薬を止めることではなく、体調が快復することですよ」



本末転倒もいいところだった。

治したい自分を自分で追い込んでどうするんだと気付いた。



それで、できないことを数えるのを止めた。

遠慮なくこのままでしばらくはいようと思った。

その時向かい合っていた事だけを、変化する心配もなく存分考えることにした。



私が不調だった間、家族の病気や手術が続き、犬猫たちとの死別もあり、親戚の不幸にも見舞われた。



あの頃、これから起こる事を事前に知っていたら、それだけで参ってしまい立ち向かえなかっただろうなと思う。



当初はいちいち狼狽していたけれど、

そのうちに、自分はずっと先まで見よう見ようとして、

その上で途方に暮れているのだと気付いた。


起こってもぶつかってもいないのに…杞憂だ。



それからは、目の前にどうにも解決しなくちゃいけない事としてやってきた時だけ悩もうと決めた。

準備だけしておけば、それでどうにかなる。







「何が起こるかわからない」は私達を不安にするけれど、

わからないからこそ、やっていけることもたくさんあるのかもしれない。

怖いばかりじゃない。



体調は、もしかしたらまた悪くなるかもしれない。

労わることだけは忘れずに、

そうなったら、その時また考えよう。








昨日、アンパンマンの生みの親 やなせたかしさんが亡くなられた。


絶望の隣に 

だれかが 

そっと腰かけた 

絶望は 

となりのひとにきいた 

「あなたはいったい誰ですか」 

となりのひとはほほえんだ 

「私の名前は希望です」

<『希望の歌』やなせたかし詩集より>





大人になった私たちは、

もうアンパンマンを呼ばなくても、

色んな困った事を解決できるようになったかもしれない。



でも、それでもどうにもいかなくなった時に、

こうやって助けてもらっているのだと、この詩を読むと気付かされる。


ありがとう、アンパンマン。

ご冥福をお祈りします。