雨の日には読書 珈琲にはChet Bakerを -10ページ目
猫、ではなんなので、名前を付けることにした。



さて、何と呼ぼうかと思っていたところ、

母が「むうちゃん」と呼んでいることが判明。



いわずもがな、私も母も“くるねこ大和”さんの大ファン。

これはかの有名なトラ松改め“むぅしゃん”となった

キジシロ猫の元ボロン太からとっているに違いない。

(くるねこさん むぅしゃんのブログ記事はこちら


毛色も同じ。

それにむぅしゃんは人間大好きの甘えっ子になったはず。

稲妻パンチで長期戦に持ち込んだ彼にはこれ以上ふさわしい名称はない。



ということで、むうちゃんと呼び始める。



さて、そのむうを保護しようと思ったのには、

庭に住み着いたということ以外にも

もうひとつ大きな理由があったのです。



実はむう、かなりひどい鼻風をひいていたのだ。

遠くから歩いてくるのが、鼻のブシュブシュという音でわかるくらい。


外で暮らしていたのだからいたしかたないかなぁ…と思っていた。



が、ある日小屋の中のブランケットを干してやろうとのぞくと、

ダンボールや小屋の壁に血痕があった。


はじめ、怪我でもしたんじゃないかと心配するも

本人…本猫はまったくの無傷。


あっ、もしかしたら、これは捕食したなんらかの生物の帰り血か…と思いかけ、

よくよくむうの顔を見ると、なんと鼻血を出しているではないか。



…これはよくないぞ。



ただの風邪かもしれないけれど、大きな病気を患っているのかもしれない。

治療しなければ、いずれ命取りになりかねないのでは…見逃せない、

そう強く思ったのです。




猫との出会いは、やっぱり縁なのだなと思う。

(むこうはどう思っているかわかりませんが)





そう、もしかしたら、むうちゃんの“む”は、

武蔵(たけぞう)の“武”、なのかもしれない。



つづく、つづきます。

__.JPG
盛大なくしゃみと鼻水だったころのせつなげな横顔
猫を飼ったのは武蔵(たけぞう)が初めてだった。


家の前の公園にある藤棚から降りられずに鳴いているのを、

母と散歩中の我が家の犬とに見つけられた。


学校が休みで家にいた弟がよじ登り救出し、

早びけして帰宅した私がそのまま動物病院へと連れて行った。



武蔵は二ヶ月半くらいの子猫だった。

翌日まで気付かずにいたら生きていなかったでしょうと獣医から言われた強運の男子。


しかしながら、全身ノミかダニか皮膚疾患かでぼろぼろだったし、

顔は汚れやかさぶたで真っ黒。

目は粘膜(瞬膜かも)が腫れあがり、閉じてしまっていた。


全くもって、えらいこっちゃな様相だった。


とはいえ、子猫、

捕獲も病院もその後のトイレをはじめとする室内生活も難なくクリア。

えらいこっちゃもすぐによくなった。

若いって素晴らしい。

__.JPG
ちょっとよくなってきた頃の小さな武蔵  はっ鼻血でそう




さて、話は2014年早春。



どう見ても庭に来るこの猫、二ヶ月半には見えない。

小さな足跡に「やれ子猫か、やれ小さな雌猫か」と浮かれていたのはいつのことか。

しっかり成猫。

そして、オス。



まさかの間合い詰めを仕掛けてきて、

これは捕獲など朝飯前かも…、と淡い期待を抱かせた猫だったが、

そうは問屋が卸さなかった。


撫でさせたり、すり寄ってきたりは皆無。


試しに人さし指を突き出してみると、

(これは、まあまあ人慣れしている猫ならば、ついつい嗅いでしまう必須アイテム)


目にもとまらぬ高速稲妻猫パンチを一発お見舞いされる始末。



武蔵のそれが「パン!」ならば、

彼のはまぎれもなく「スパンビシッ!!」



当然、流血。




これは、一筋縄ではいかなさそうだと覚悟をし、長期戦へ突入していくのでした。


つづく、はず。

__.JPG
長期戦幕開け時の彼
この頃ちょうど母が肺炎で伏せっていた。

軽かったので入院はしなくて済んだけれど、

熱が高く寝込んでいたので、あれやこれやを手伝いに実家へ通っていた。



縁というのは面白いものだなぁ、猫に限らずそう思う。



母にご飯の用意をし、猫にも用意をする。


初め私が庭に出るたび一目散に逃げていた猫も、

回を重ねるごとに走り去る距離が短くなっていった。



逃げる、というより

「用事があるなら早めに済まして下さい」

と言った風情で遠くからこちらを伺い、

私が家へあがると、ひょこひょこと戻って来る感じ。



初め、あの猫かもという心当たりがあった。

去年、よく屋根を歩いていた白灰のずんぐり猫。

__.JPG
武蔵(たけぞう)と窓から見上げた白灰。


しかし、距離が縮まる毎に、どうやら違う子かもしれないなと思い始めた。

配色が、白灰よりもずっと濃い。


と同時に、丸い顔・短い手足・そしてこの面構…これは白灰の血縁者に違いない。




流れては消えてしまうものばかりのように思っていても、この世の中は巡っているのだ…




これは、もう捕獲すべし!

猫よ、野良生活には足を洗ってもらおう!



突如わいた熱い想いを心に秘める私。



まずは、猫との距離を少しずつ詰める事から始めなければ。



とはいえ…


近づけるものなのか?!






そんな矢先、

__.JPG

こちらがひっくり返るような間合い詰めを仕掛けてきた猫。


捕獲や、いかに。


つづく、つもり。
実家の庭には小さな小屋がある。

今は特に使っていないその小屋。


そこに猫らしき生き物が出入りしているようだと知り、

寝場所くらいにはなるだろうとダンボールを入れておいた。


そもそもはこれがはじまり。



しばらくして中をのぞくと、敷いておいたシートに小さな足跡が。

梅の花のようなかわいらしい跡だった。

そう大きくない猫、もしくは体の小さな雌猫でも入ったのかもと浮き足立つ私。



季節は秋の終わり頃。

そろそろ朝晩は冷えるだろうなとシートの代わりにタオルを入れた。


すると、またしても梅の花。

どうやら気に入ったようだ。




今思えば、雪の積もった日もタオルを入れただけのダンボールで寝ていたのだろうな。

こんな寒い中タオルじゃ寒かろうと、

起毛のブランケットをタオルの上に敷いたのは年が明けてからだった。



そこにも残る足跡、

と、たまに鳥の羽根…



寝場所だけを提供する素泊まり限定の関係、そう割りきっていたはずが、

「鳥、捕って食べてるんだ…」

そんな思いが、つい私にパラパラとフードを箱の隅に置かしてしまった。


ご飯をあげること、それはこの猫に責任を持つということだと私は思っている。

(などと格好いいことを言いながら、なかなかそうはいかないことは多々あるのですけれど…)

気まぐれであげていては可哀想だねと母と相談し、

毎日あげるようにした。※



パラパラと置き、気付くと無くなっているキャットフード。


それが唯一のコミュニケーションだった…



そんなある日、

庭に出ると、小屋から走り出し一目散に逃げていく猫の後ろ姿が。

これが今の彼かどうかはっきりとはわからない。

けれど、小屋猫との初対面(向こうはお尻向き)となったのです。


感想は

「た、たぬき…?」


つづく、かも。



※と同時に庭にトイレも設置しました。

ご飯をあげる場合、お庭などにおトイレを作ると、

お家やご近所さんの庭や花壇にご迷惑をかけることが減りよいと思います。

が、個人の意見としてオカラトイレはよくないかもと思うのです(あくまで外の話)。

なぜなら、お腹ぺこりの外猫がばくばく食べていたりするからです(実話)。
去年の四月七日、愛猫が亡くなった。


この一年、思い出さない日はなかったし、

泣かなかった日もない。


動物を見送った人はきっと多くの人がそうであるように、

私も心にぽっかり穴を開けたまま。





年が明け、もうすぐ春だねとあちらこちらで聞こえ出した頃、

実家の庭にある小さな小屋に猫が住みついた。


だんだんと姿を見せるようになり、近づいても逃げなくなり、鳴くようになった。



初め、小柄だったためにメスかなと思っていた。

が、どうやらオスのようだと確認。


それにしては顔も耳もきれいだ。



外で暮らすいわゆる野良猫は、地域猫でない限り当然去勢されていない。

漢の中の漢、となれば、縄張りと繁殖のための喧嘩は避けては通れない。

よって、年齢の数だけ顔には傷をこさえ、耳は切れてしまっている猫が多い。



きっとまだ若いのだろうなと思った。


鳴いた時の歯も白くてきれいだ。


けれど、この寒い冬を越えたからだろう、

風邪をひいているようで、鼻がぐしゅぐしゅいっていた。


若くても、強くても、外の世界は猫には過酷な場所…





愛猫を忘れられない私に、

「猫、助けるんじゃなかったの」

と、当の愛猫に言われた気がした(実際夢に見た)。



そうだった。




とはいえ、少なくとも一年以上、

生粋の野良猫として生きてきた彼を捕獲することはできるのか。



そんな挑戦の始まりだった2014年早春だったのです。

つづく(たぶん)

__ 1.JPG__ 1.JPG
生粋の野外生活時代