坂のある町に住んだことはないが、私は坂道が嫌いではない。

変化があっていいと思う。3次元的で。

上りもあれば下りもあるし、同じ道の行き帰りでまったく異なる風景を見られる。

坂の上に月が見えていたりしたら最高だ。

そんなふうに思うのは、やはり住んだことがないからか。



そういえば幼い頃、1年だけ山の上に住んだことがあった。

通学や買い物は徒歩だったが、プラネタリウムに行くときは自転車だった。

行きはジェットコースター。でこぼこ道を決死の覚悟で駆け下りる。最高のアトラクションだったが、帰りはつらい。夏ならヤブ蚊に刺されながら、冬には星を見上げながら、とぼとぼと自転車を押して帰るのだ。

同じ道なのに。



東京にはなぜか坂道が多い。

名前のある坂だけでも600以上あるらしい。

そのなかでも神楽坂は、逆転式一方通行と言って、午前と午後で通行方向が変わる珍しい道路だ。

京都の三条通のように時刻でセンターラインが変わる道路も恐ろしいが、知らないで訪れたら面食らうだろう。



さて、神楽坂と言えば、神楽坂はん子を思い出す方も多いだろう。

あの名曲『ゲイシャ・ワルツ』を歌った、元芸者さんの歌手だ。

彼女もとてもアップダウンの多い人生を送った一人。

最期はひっそりと亡くなったらしいが、人生にも3次元的要素は必要なのだ。



というわけで、今夜は彼女のヒット曲を聴いてみたいと思う。

しっとり、とはいかないけれど。




「ちりん・・・・・・・ちりん・・・・・・・」


鈴の音が聞こえるうちは、まだ坊さんは生きている・・・。



その昔、即身仏という、生きながらにしてミイラになる修行があったそうな。

穴の中に埋められて断食をするのだが、息絶えるまでの間、瞑想しながら鈴を鳴らし続けるので、鈴の音が聞こえなくなったら、それは死を意味するとのこと。

まあ言ってしまえば徐々に死に近づいていく自殺なのだが、そりゃ腹も減るだろうし、途中で逡巡したり雑念が入って後悔したりして、「やっぱりや~めた」と、穴から這い出してしまう失敗例もたくさんあるらしい。


これはずいぶん前に、何かの本で読んだことなのだが、記憶を頼りに適当なことを書いているので、興味のある方は、ぜひご自分で調べていただきたい。


では何故こんな話を書いたのか?


模様替えに一生懸命で、さっぱり記事が更新されないこのblogだが、まあ背景写真が変わっていればそれが生存確認になるのかな、なんてことを考えていたら即身仏のことを思い出したというわけだ。


言うまでもないことだが、私は坊さんではないので修行なんかしないし、毎日腹一杯食いたいものを食っているのでご安心を。



ところで

こんな寂れた、田舎の無人駅の伝言板みたいなblogにも、わざわざコメントスパムを書き込みにくる阿呆がいるので、実はその削除がけっこう面倒だったりする。

阿呆に言ってもしょうがないが、もう少し気の利いた官能的なコメントだったら削除しないで残しておいてやるのに。

あ、こんなこと書いたら、もっと増えるかな(笑)

一昨日はクリスマスだったらしい。

サンタクロースが実在するのか否か、という議論はMFCオーナーのblogによると、日本人のほとんどが、ほぼ中学生の頃までに終えてしまっているようだが、結論としては実際に存在する。
なぜなら幽霊もUFOも雪男もツチノコもネッシーも見たことがない私が、この目で見たのだから間違いない。(河童に関しては、先日テレビでミイラが公開されていたので議論の余地がないだろう)

今年の秋頃だったか。豪雪地帯ならともかく、関西ではさすがにトナカイは目立つと思ったのだろう。彼は(男だった)真っ赤な外車(日本製ではないという意味)に乗って、深夜のコンビニにタバコかなにかを買いに来ていた。サンタさんと言えば、赤い服に赤い帽子に赤い鼻のトナカイ。(赤が好きなんだな)おきまりの衣装を着ていないと逆変装で分からないと思ったのだろうが、あの髭と赤い車が何よりの証拠。周囲の人たちは気づいていなかったようだが、こういう分野には滅法強い私と相棒が同時に「あ、リアル・サンタ!」と叫んだのだから、プロの目は誤魔化せないということだ。

と言うわけで、見てしまったものは信じざるを得ない。故にサンタクロースは実在するのだ。しかも日本在住である。



さて、冗談はさておき(リアルサンタ目撃談は実話)、今年はサンタクロースに関していろいろ調べてみたが、これが意外と面白い。

なになに?ユリウス歴?正教会?聖ニコラオスの祭日?

日頃キリスト教とは縁のない私も、こういう話は非常に興味深い。

(ここに書いても、ほとんどWikiの受け売りになるので書かないが)



話は突然ローマからギリシャに飛ぶ。

日本の神様仏様にもずいぶん世話になっているし、日本神話も安部公房が書いたのかと思うくらい相当荒唐無稽で面白いが、やはり西洋の神様、それもギリシャの話が意味不明で子供の頃から好きだった。

しかし子供向けの本やプラネタリウムのおじさんの話は、かなり脚色というか割愛されていたということが大人になってから分かった。

実際にはかなり生臭い話がほとんどである。その中でも美の神アプロディーテにまつわる話は、もう出生の秘密からして18禁だ。まったくどういう発想をしたらこういう話が作れるのだろうと感心する。当然最初は口承だろうから、もう最初の話は原形をとどめていないかも知れないし、時の権力者(そんなひと知らないが)が自分の都合のいいように話をねじ曲げているかも知れない。

でも最初にこれらの話を創作した人に、会って話をしてみたいものだ。

もし実際に会えたら、先ずこう聞く。


『結局何が言いたい?』


宗教も文化も歴史も、ついでに言うと地理も言葉も気候も知らない土地の神話。

意味も分からないのに、日本神話をさしおいて興味を持つのはやはり憧れか。

ブルースやジャズを聴き始めた頃の心境にどこか似ている。