このブログにも何度も書いている言葉


「備えとは’余裕’と’品位’である」


なぜかしばらくこの一言が離れずにいました。


ソナエトハ、ヨユウ ト ヒンイ デ アル

ソナエトハ、ヨユウ ト ヒンイ デ アル

ソナエトハ、ヨユウ ト ヒンイ デ アル



                 備えとは、’余裕’と’品位’である。




舞台はいつもの朝の電車内。


ワタクシは購入したばかりの書籍を開いてしばし現実逃避に耽る予定でした。


そんな窮屈な車内、ワタクシの隣には異様に鼻をグズグズムズズさせた、同じように読書

をするサラリーマンの殿方がいらっしゃいました。



「ちょっとおかしいかも、何かあるかも」


理由は不明ですが、昔からそういう直感だけは働くようです。

目の前の本に目をやりながらも何ともいえない違和感を感じていたそのとき、



ブホーーーーッ!!!!



聞いたこともないような鈍い破裂音が耳元を過りました。


破裂音の正体は、隣に立つサラリーマンの殿方のクシャミでした。

驚きのあまり顔を向けると、クシャミとともに、ご自分の手足にも様々なものを垂れ流して

いました。


そして、その垂れ流した液体、いえ物体は、ワタクシの大切な本に見事、飛来していたの

であります。

その事実を理解するまでに幾分時間がかかったような気がしています。

私も一瞬「とんだ」のかもしれません。



猛烈音を立てたその殿方に


「すみません、、、、飛んでます・・・」と伝えるのが精いっぱいでした。

誰から見ても一目瞭然の悲惨な状況に、車内が凍りついた気配を漂わせていました。


殿方は「すみません、すみません・・・」と言いながら私の本に飛び散ったソレを拭いたあと、

何事もなかったようにまた自分の本を開いて読み始めました。


そして立ちすくむワタクシを置いてバツが悪そうにそそくさと最寄駅で降りてしまいました。

ワタクシはそれ以降、自分の本を開くことはありませんでした。


このようなとき、いったいどう対処すれば「正解!」なのでしょう?



奇しくも、ワタクシが手にしていた本のタイトルは「涙の理由」。


涙の理由/重松清
¥1,200
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声を出し、嗚咽することだけが「泣く行為」ではありません。



大都会で暮らすことは「超・集団のコミュニティ」に属していることだと私は考えています。


そのコミュニティの中で自分も快適に生きていこうと思うのであれば自分以外の人間に最

低限、配慮することが基本中の基本だと思っています。


それはたとえば風邪の兆候があったり花粉症が酷いのであれば公共の場ではマスク着

用というほんの些細な、小さな、そして当然と思える行為でも。



前述の殿方の場合、誰の目から見ても「調子が悪そうな人」。


そして、満員電車のパーソナルスペースは半径何ミリの世界でもあります。


何かが飛び散ったことではなく、満員電車に乗ることが分かっていながらなぜそこに配慮

が至らないのか?なぜマスクを着用しないのか?・・・ということに、誠に勝手ではあります

が憤りを感じてしまったのです。



あぁ、ワタクシって小さい・・・三毒追放できてません・・・

でも、やっぱり、ショック・・・



しばらくそんなことを思い延々悶々としているワタクシに一筋の光が差し込んできました。

たまたま拝見したこの方 のブログに



「人生はギャグ!楽しんだもの勝ち!笑って生きてたほうがいい!」



故・赤塚不二夫氏の言葉が書かれていました。


そうだわ!そもそも、ワタクシの存在自体がギャグなわけで・・・


すべては芸のこやし。


そう思えば突然の爆破テロ?を受けた女として笑い話にできるわ~。

これがお笑い芸人だったらメチャクチャおいしい場面でしょ。


・・・・と、思いなおしたのであります。



これはあらゆる物事に通じる超・ポジティブシンキング。


日々、生きていれば手を変え品を変え、自分力を試されるような出来事が起こります。

小事もあれば、人生に関わる大ピンチもあるでしょう。


いずれにせよ、そのような事態に一番大切なのはまさに「備え」。


余裕と品位を持って「何このギャグみたいな状況!?笑えるわー」と不遇な時さえ笑い飛

ばしたいものです。



「私小説日和」 あんだー  the sun



さめざめと憂いの涙を流すのはそれからでもいいのだー。