平成の終わりに | ボクシング原理主義

ボクシング原理主義

ボクシングの原理原則に則っとりながら技術論や方法論を分析考察。技術や意識の向上を目指したい、いちボクサーの見識メモ。
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メイウェザーの話なのにボクシングの話ではなくなってしまいますが、

 

ヌルマゴメドフとやらそうとする所謂ファイトシーンのていたらくに芸術的なまでの意表を突く形となったマネーメイウェザーのビジネス。

 

ルールもウェイトも未定で対戦だけが発表された。

 

一体どうなるのか気になります。

 

 

 

 

 

イギリスのダゾーンのように村田や井上を使った他国の市場獲得ではなく

本人自ら新しい土壌を切り開きにくるところが非常にアメリカ的ですな。

 

 

ネットワークの発達にともなって個人と個人主義が同等かそれ以上に混同、同一化、錯綜してしまった現代において、作為的なスポーツ性なんかよりは健康的というか現実的な感じがする。

 

 

平成最後の節目の夜に日本のリングに上がるメイウェザー。

 

一夜の夢は夢の砂漠か砂漠の夢か。

 

黒船到来ですな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクシングの話をちょっと。

 

 

 

デリビヤチェンコに勝利したジェイコブスですがHBOが撤退するのでダゾーン行きか?

ダゾーンはカネロと5年で11試合で300億円相当の契約らしく、そのためにはミドル級以上の他のスターを用意する必要があるはず。

 

するとアンドレ―ドをのぞくと、あとは英国勢の土俵である階級。

実際カネロはゴロフキンとの二試合以外は全部小さい相手との対戦であり、ゴロフキンとの対戦でもドーピングの問題があったようにミドル以上の階級ではこれまでと違って非力な方に入り逆にテクニックとスピードが味になるはず。

 

 

カネロのダゾーン最初の試合はスーパーミドル級。

相手のフィールディングでっかくて巧い。メイウェザーがボクシングから去ってからカネロしかいないにしてもダゾーンの大型契約がドーピング問題のある選手という現実のスポーツ倫理はどうなのかとは思うが、プロスポーツはショービジネス、ウォードの時代もそうでしたが実際にwbssのようなトーナメントもスポーツ性を推して実力を認めさせる手段としては最善だが、そこを越えて一般層に受け入れられての支持の獲得には至らないらしい。今はそれにたる選手の選別的なステージのよう。まあ人気と尊敬は違いますが動くお金が凄いのは同じ。(ヴィジョン的にはその後からパーソナリティを出すか造って金額・経済的に前時代を上回らなければならない。スポーツエンターテイメントのプラットフォームがテクノロジーの発達と資本の力による世の中の変化とともに変化するのは当然で、世界がネット配信に全面的に切り替わっていくのはもはや確実なようである)ゴロフキンは年齢的にも落ちてきているのでダゾーン参戦でカネロとの再戦オプションあるのか?ケルブルックなんかはカネロ標的路線行きそうですな。

 

今週は前回wbssの覇者であるウシクがベリューと対戦。これは楽しみで、ガシエフすら完全にアウトボクシングしたウシクだが、ベリューもテクニカルに試合に臨むタイプで過去にはスティーブンソン級のパワーとも対戦しているのでプロでの重厚な経験値がある。

 

HBO最後の興行になるのか(?)ビボル対パスカル。

最近の東欧系巧強すぎますが、パスカルの対戦履歴も相当すごい。

アルバレス、コバレフ、ホプキンス、ビュテ、ドーソン、フロッチ・・・。

 

 

ニエテス対井岡が大晦日に実現のようでボクシング的にはニエテスに井岡が挑戦するというのは大変楽しみ。

 

チャーロ対モンロー

 

ロマチェンコ対ペドロサ

 

そしてワイルダー対フューリー

 

ドグボエやハードも試合。

ハードはトラウト戦やララ戦をみても立派なボクシングの確立の目前にいるようで、そのあと一歩先に行くために越えなければいけない芸術的な難しさを越えれずにいる感じがして、今回どうなのかというところか。

 

 

 

大晦日

 

バーチャルな理想やロマンチシズムを内側からの律動的実態のエネルギーで一皮剥けれるのか?

 

やれんのか?

 

 

 

 

おまけ