《翔》
初めて学習室に現れた大野を見た時、こんな下級生が居ただろうかと、一瞬、その綺麗な横顔に目を奪われた。
本人は自分の顔のことなど気にしてなさそうで、気取ったような所は微塵もない。しかし、その立ち振る舞いは、周りの高校生とはやや違っていた。
話すと声が良くて、声フェチでもないのに、つい聴き入ってしまう。既に自分の恋愛対象が同性だと言う自覚を持っていた俺は、まさか校内にこんなダークホースが居たとは思いもよらず、内心動揺していた。
勉強会の話を持ち掛けながら、1人も来なかった軽薄な上辺だけの後輩達より、目の前に突然現れた知性漂う好みの男に、恋人不在の飢えた心が、色んな意味で反応している。
(早く終わらせて帰ろう)
焦った挙げ句、俺の教え方はいつもよりずっと雑になっていたと思うし、わかりにくかったのではないかと思う。しかし、大野は基本的に頭が良いらしく、その説明でほとんど理解したようだ。
よく見ると鍛えているような、焼けて引き締まった身体。愛想笑いは苦手そうなのに、ふとした拍子に、恥ずかしそうに笑う。そんなところも好ましくて、俺の中には様々な葛藤が渦巻いてた。
そしたら案の定、キスなんかされてしまって、今に至ると言うわけだ。こんなふうに書くと、ものすごく安易な感じだが、決してそんな事は無い。ここに至るまで俺がどんなに悩んだことか。
だけど何日も思い悩んで、ここまで来た甲斐はあったと思う。だって俺は今、彼の腕の中に閉じ込められているのだから。(抱きしめられていると言わないあたり俺もなんだかな)
「……あの、智さん。いつまでここにいるつもりなの?そろそろ帰ろうよ」
俺を膝に乗せ、抱きしめた彼は、まだ俺の顔やその周りに、小さなキスを飽きることなく繰り返している。このままだと俺が溶けて無くなりそうだ。
「だって、両想いになって、こんなに甘い時間なんて、今日しかないじゃん。めちゃくちゃ貴重な日だから……」
わかったよ。
わかったから、この部屋を出て俺たちの頭が現実に戻るまで、もう少しだけ君の甘い唇で夢を見させていて。
「もう、何回キスしたかなんて、わかんないな」
キスの合間に、そう言って笑うと。
「50回ぐらいまでは数えてたんだけど」
彼は眩しそうにそう言って、最後に俺の髪にキスを落とした。
おしまい