唇が触れたのは、ほんの一瞬だったと思う。

俺は直ぐに状況が理解出来ず、目を瞬いて、離れて行った大野を凝視していた。

すると大野は、今度は俺の後頭部に手を回して押さえつけ、顔を少し傾けて深く唇を合わせて来た。

さすがにここまでされると、何が起こっているのかぐらいわかる。俺は大野から逃れようと、がむしゃらにもがいた。 

ガタンと背中が、スチール製の書棚にぶつかり、逃げ場が無い事を感じる。

「……ん、あ、やめ、っ!」

口内に入り込んだ舌が歯列をなぞり、悪戯に辺りを舐め回す。ウズベキスタンなんて、とっくに頭の中から消えていた。

必死で彼の胸を押し、それでも剥がせなかったので、最終的には両手で拳を作り、叩きまくって大野が怯んだ隙に何とか離れた。

「はあ、はあ、っ、なんでこんな……」

袖口で濡れた唇を拭い、触れた感触を払って大野を睨みつける。

「好きだからに決まってーー」

言いかけたその頬を迷わず叩いていた。バチンと平手打ちの音が、辺りに響き渡る。

「……いっ、てえ」

「馬鹿野郎!俺だって胸が痛むわ!2度と俺に触んじゃねえ!」

それだけ告げると、俺は大野に背を向け、学習室を飛び出した。

振り返る余裕はなかった。走って走って、もう彼が追いかけて来ないことを確かめてから、ようやく立ち止まって、それからうずくまった。

せっかく良い奴に出会ったと思ったのに、なんで急にあんなこと……。人の声が聞こえて、慌てて立ち上がった。もう帰ろう、こんなとこにいたって仕方ない。

正直、まだ頭が混乱していて、心臓だって落ち着かなくてドキドキしている。急ぎ足で中庭を抜け、生徒用の玄関まで来ると、靴を履いて外に飛び出した。

とにかく大野に合わないよう、早く帰りたくて、ひたすら家に向かって小走りに駆けた。家に着くと、すぐ浴室に入ってシャワーを浴びた。

何もかも洗い流して、忘れてしまいたかった。なのに、おかしな位、彼の感触が頭からも体からも離れない。熱いシャワーで洗い流しているはずなのに、どうしてだか余計に思い出してしまって、俺はそんな自分に動揺した。





つづく