*『菜の花金魚綺譚』の続きでもあります。
「大野はんの好きな物やったら、坊ちゃんの方がよう知ってはるやろ。何もわざわざうちに聞かいでも(聞かなくても)」
「僕が思いつかないような物を考えてもらえないかと思ったんです。智さんが僕に菜の花畑を見せてくれたみたいに」
「大野はんが、坊ちゃんに?」
「はい。僕が菜の花色をしてるから見せたいって、連れて行ってくれました」
彼はこの金魚の恋人に菜の花畑を見せる為に、初めて言葉を交わした夜勤明けに連れて行ったと言う。
思い出をなぞりながら打ち明ける和也は、少女のようにほんのり頬を染め、口元を綻ばせている。
「ほんなら御礼は……ってのはどやろ?」
「でも、そんな事出来るんですか?」
和也は、心配そうな顔をして、女将を窺う。確かに、必ずしも出来ると言う保証は無い。
「絶対とは言い切れんけど、そのきっかけなら作れるわ。どないしましょ?」
「お願いしたいです」
「それじゃあ、明日決行だ」
翌日の午後。
女将の指定した時間に、和也は智を連れ、とあるビルの屋上庭園に来ていた。
ここの東屋に15時30分と言う約束だったのだが、女将が現れそうな気配は無い。どうすればいいのかわからないで戸惑っていると、にわかに雨が降り始めた。
微かな雷鳴が聞こえて、和也は遠くの空を見上げた。すると、雲の合間に何かが光って見える。稲光ではなく、空に駆け上る真っ白な“龍”?まさか。
「和也、大丈夫か?」
「大丈夫です。智さんと一緒だし」
「通り雨みたいだから、すぐ止むだろうけど、お前が見せたいものって?」
「ええと、あ、雨が上がりそう」
風が吹いて光が差し込み、辺りが明るくなり始めたその時ーーーー多分、普通ならここで虹が現れるのだと思う。ところが、そこに現れたのは、大きな筆を持った白い衣の乙女で、彼女が空に筆を走らせると、そこに色が付いて行く。
「……凄く綺麗な虹だなあ。ん?もしかして、見せたかったものって“虹”のこと?よく虹が出るなんてわかったね」
あれ?さっきの乙女は、智さんには見えなかったのか?もう一度空を見上げて見ると、空の上には誰もいない。
「天気予報で、もしかしたら、通り雨の後に虹が見られるかもって、今朝そう言ってたから。一緒に見られたらいいなと思って……」
「それなら良かった。連れて来てくれて、ありがとう」
智の手が頬を撫で、髪に触れて背中に回される。抱きしめられながら、ふと、和也はさっきの“龍”はなんだったのだろう?と考えていた。
その頃、女将は和也と会った喫茶店で、苺のかき氷をガツガツ食べていた。
本当は女将は水神で、その昔、人間と恋をして人間界に降りたのだが、それを知る者はほとんど居ない。
「(和菓子屋の)女将、追加で古代米のおはぎを2個頼む」
「はいはい」
「ええことした後の甘いもんは格別やなあ」
ちなみに女将は、雨を降らせただけで、虹を描いたのは、女将の古い知り合いである。
《おしまい》
