#ニノHBD記念2026
佐々倉さんは俺に仕事を教える、その7日間が終わると退職してしまって、翌日から俺は、1人勤務する事になっていた。
そんなに難しい仕事ではないから。と、彼は静かに笑っていた。確かに、何事も無ければ難しい事は何一つ無い。むしろ楽過ぎて暇なぐらいだ。
しかし、警備員の行動も監視カメラに記録されているので、ズルい事も出来ない。まあ、悪い事をする気も、する予定もないけどさ。
日が暮れて閉館を知らせる館内放送が終わると、人の波が一斉に出口に集まり、開け放たれたドアから外へ向かって出て行く。
人が全部捌けると、警備員としての俺の出番だ。直ぐに館内を順路に沿って歩きながら、落とし物や忘れ物が無いかを確認する。
珍しいことに、今日はひとつも落とし物が無かった。ほとんど、毎日と言っていいほど、先輩と回っていた時には、あちこちに落とし物や忘れ物が転がっていたって言うのに。
それでも、一人だと何をするにも時間がかかって、時間が経つのが早い。気付くともう休憩時間になろうとしていた。
休憩時間には休憩室に入ってないと。先輩の教えてくれた通り、その日も俺は休憩室に入ると鍵を閉めて一息ついていた。すると、何か水が滴り落ちるみたいな音が聞こえる。
ーーーーーーピチャン
何処かで水漏れでもしているんじゃないだろうか?と、不安になるぐらい音が終わらないので、仕方なく俺は休憩室を出て懐中電灯で辺りを照らしながら見て回った。
「…………なんだ。何も無いじゃん。あれ?こんなところに金魚?ああ、新しく入って来たんだな」
休憩室の裏側に、新しい金魚を寝かせておく場所がある。アクアリウムの環境に慣れる為に、数日間そこで様子を見て、それから展示する水槽ごとに分けられて行くのだ。
その中に1匹だけ、水槽の中をゆったりと優雅に泳ぐ大きな黒い金魚が居た。流線型のスリムな身体から、大きくて長い鰭が生えていて、水の中でふわりと揺れては、誘うように広がる。
(なんて綺麗な金魚……)
黒いと言っても、よく見ると深みのある蒼色をしている。近寄ってじっと見ていると、アルバイトの禁止事項を思い出して、俺はぶんぶんと頭を振った。名前つけなきゃ大丈夫だよな?
もう一度顔を水槽に近づけると、ちゅっとガラスにキスして、何やってんだと我に返った。金魚に一目惚れ?いやいや、そんなことないから。
俺は慌てて休憩室に逃げ帰ったけれど、鍵をかけると言う大切な事を、うっかり忘れていた。
“休憩室に入ったら、必ず鍵をかけること”
警備員の心得には、そう書いてあったのに。
つづく