《雅紀》
両親をエントランスで見送った後、いつもの俺の部屋に帰って来てソファーに座ってから、翔さんはずっと俺に抱きついて離れようとしない。
(……出来ればこれは使いたくなかったんだけど、今はそうも言ってられない。ごめんね、翔さん)
俺はポケットに忍ばせていた睡眠導入剤を口に入れると、水と一緒に口移しで翔さんに飲ませた。小さな錠剤なので、飲まされた事に気付きにくい物だ。
大人しく水と一緒に飲み込んで、翔さんが不思議そうに俺を見上げる。気付かれたのかと思って、咄嗟に言い訳を考えていたら、不意に両手で頬を包み込まれた。
「本当に本物の雅紀なんだな。良かった……二度と会えなかったらどうしようって。そんな事ないはずだって、何度も自分に言い聞かせてたけど、俺、どうしても心配で……」
瞬いた瞳があっと言う間に潤んで、溢れ出した涙が静かに頬を伝い落ちる。続く言葉は嗚咽に紛れて、よく聞き取れなかった。眠気も出て来たのだろう。上手く言えなくなってしまったようで、翔さんは子供みたいにぐずり始めた。
「もうこんな想いはさせませんから安心して。とにかくまず寝て下さい。目の下のクマが酷いし、聞こえてます?翔さん」
思ったより早く薬が効いたようで、俺にしがみついていた身体から力が抜け、ソファーに沈んで行く。そこを抱き上げるとベッドに運んで横たえ、翔さんのお気に入りの毛布を掛けて包む。
俺を心配するあまり、最近眠れていなかったのだろう。抱きしめただけでわかるぐらい痩せたのは、あまり食べていない証拠だ。しかし、まさかここまでとは、さすがに思わなかった。
寝室を出て声の届かない所まで離れると、俺はまずクロノスの店長に電話をかけ、翔さんの休みを延長して確保した。いざと言う時の為に、前もって俺の事は伝えていたので、その辺りは何の問題もない。
と言うか、実は既にクロノスは相葉グループが買収済みで、実際のオーナーは俺になっている。この事も含めて、色々と翔さんに今のうちに伝えておかなければ。次に俺は翔さんの母、うちの母に連絡して、最後に佐々木に指示を出した。
「“LLO”を決行して下さい。無理させてすみません。え、明日?それは助かります。小林さんも来てくれるんですか?それは心強い、よろしくお願いします」
あちこちに電話していたら、いつの間にか1時間近く経っていた。寝室に戻って見ると、翔さんはよく眠っていたけれど、まだ頬に涙の跡が残っていて、胸の奥が刺すように痛んだ。
貴方は嫌がるかもしれないけど、もうこのままにはしておけない。俺の全力で貴方を護る。
つづく